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「慎がこの辺車転がしてるから、迎えに来るってさ。おまえも乗ってくか?」
過保護だな、と笑いつつ返答する。「いや、ちょっと寄りたいところがあるから遠慮するよ」
そうか、と梶山はあっさり引き下がる。
駅前のロータリーにやってきた慎の車に梶山が乗り込むのを見届け、修哉は自宅方向と逆の商店街へと足を向けた。在庫を切らしていた印刷用紙を購入し、店を出たところで背後から声をかけられた。
「お兄さん、ちょっと時間ある?」
聞き覚えのある声だった。振り返ると、そこには水沢遙香——いや、マサキがいた。
暮色に染まりはじめた街の風景と雑踏を背景に、マサキは人懐こく魅力的な笑顔を向けてくる。
周囲から浮かび上がるような印象を受けた。どことなく浮世離れした雰囲気を漂わせる。
駅前なのに、こちら側の公道はほぼ歩行者専用と化していて、帰宅する人通りで混雑している。なかなか下がりきらない日中からの気温に疲労し、汗を拭きながらうんざりした顔をして歩く人々。
一方でマサキはひとり、気温の違う世界に立っているように見えた。髪をひとつにくくり、いまから就活に行くかのような真っ白なシャツを二の腕までまくり、黒のスラックスと底の低い革靴の姿。髪からか服からなのか、爽やかな芳香が匂う。
修哉は返す言葉を見失い、詰まった。
「……」
なんと返せばいいかわからなかった。
「昼間に妹と会ったでしょ。たぶんもう会う機会もないだろうから、ストーカーみたいな真似しちゃいました」
えへへ、とばつが悪そうにマサキが笑う。
「もしかして、あれからずっと後をつけてた……んですか」
「一度、探偵のアルバイトってのをやってみたくて」
彼女は顔をやや横に倒し、こめかみのあたりを掻いてなんとかごまかそうとしている。「面白そうでしょ、バレずに尾行するってやつ」
修哉は小さく肩をすくめた。
「まったく気づかなかった」
だれかが後をついてくるなんて考えもしなかった。この暑いなか、ずっと尾行してたのだとすれば、よほど用事があるのか単にヒマなのか。
修哉は疑問に思った。だけど、梶山に声をかけるならまだしも——
「なんでオレに?」
「梶山さんには会いたくないと思うから。顔合わせづらいでしょ」
不可思議な言い回しをする。修哉は目をしばたいた。
「……?」
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