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「私、お兄さんとちょっと話がしてみたいと思ったんですよ」
あたし、ではなく、わたし、と意図的にはっきりと発音した。
来て、と半袖の端をつままれる。小さな子どもの力ほどでしかなく、引っ張られてもこの身長差では微塵も動かせない。
「どこ行くんだよ」
マサキは、ぱっと振り向いた。「実はここらの土地勘、ないんですよね」
うーん、と考える。目尻を下げ、輝くような笑顔を向けてくる。
「どっか、いいとこあります? おごります」
あ、でも、とちょっと顔を曇らせる。「手持ちが少ないんで、できるかぎりあんまり高くないとこで。ごめんね」
表情がくるくると変わる。顔を見なければ、少年にも聞こえる中性的な声。
「オレもきみに訊きたいことがあるんだ。なんか訳ありっぽいし」
よかった、と安堵の笑顔を向けられる。「梶山さんの話題によく出てきたひとって、お兄さんだよね」
梶山が、オレのことをマサキに話した? いったいどういう経緯でそんな話題になるんだろう。
「ってか、お兄さんはやめてくれないかな。きみは梶山と同学年だろ?」
うん、と頷く。楽しそうに笑う。「背が高いから、てっきり年上かと思った」
なんだよそれ、と内心で思った。老けてるとでもいいたいのかな、と少しばかり不満が込み上げる。
「梶山と同じなら、オレともタメだろ」
そこまで言って、まだ名乗ってなかったことに気づいた。「オレの名は碓氷」
「碓氷……さん」
ちょっと間が空く。「碓氷さん、下の名前は?」
下の名まで、わざわざ確かめられるとは思っていなかった。不思議に思いながらも答える。
「修哉」
そう、とマサキが記憶に刻む目になる。
「僕は水沢マサキ。真っ直ぐに咲くと書いて、真咲」
よろしくね、と人懐こい笑みとともに、真咲は言った。
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