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第五章(2)…… 秘密
駅から五分ほど歩いた、全国展開の喫茶店に入った。夕方のせいか、さほど混んでおらず空席が目立った。
店の外は薄暮となり、立ち並ぶ商店の看板照明が目立つ。窓が鏡面と化し、店内のようすが映り込んでいる。
人目の届きにくそうな奥の角席を陣取る。店まで連れて行った手前、注文をするのは自分の役目に思えた。
「きみは?」と訊くと「同じものでいいよ」と悪びれずに答える。
結局、飲み物代は修哉が出していた。席まで運んで待っていると、真咲が別会計を済ませた焼き菓子をふたつ、手にして戻ってきた。
「はい、これ」と差し出される。
修哉の正面に座りながら、「ごめんね、ふたりぶんにはちょっと足りなかった」とすまなそうに言う。
「手持ちがないんなら、そう言えばいいのに」
他人事ながら心配になる。どこか危なっかしい。地に足がついていないような。
コーヒーと紅茶で迷って、アイスティーを選んだ。ミルク入りとストレートのどっちがいい、と訊ねると、なにも入ってないほう、と真咲は答えた。
トレイの上のグラスを彼女の前に置く。赤茶の透明な液体が、細かい氷とともに満たされている。ガラスの表面に多量の水滴がついて、液体がよく冷えているのがわかる。
真咲は、素直に頭を下げて受け取った。ストローを差してグラスを手に取り、三分の一ほどを一気に飲み干す。
はあーっと息をつく。まるで一杯目のアルコールに口をつけたかのような爽快感を醸し出す。
もしかして、喉が渇いてたのか。水沢遙香と遭遇したのは昼過ぎだっただろうか。あの時、真咲はどこにいたのか。
目に入るところにはいなかった。すくなくとも気づかなかった。
「大丈夫か?」
「え、なにが?」
「持ち金。足りないんじゃないの?」
真咲は、困ったように笑った。「平気。明日からは叔父のところに行くのが決まったから」
あ、と急に顔が明るくなる。「あと明日になればバイト代が入る」
「綱渡りな生活してるなあ」
「しかたないよ」
「一人暮らし?」
訊いてから、そんなわけないかと考え直す。妹がいるじゃないか。それとも、別々に暮らしてるのだろうか。
「まあ、そうとも言えるし、そうじゃないかも」
どういう意味だ? と真咲の顔を眺めると、また笑顔を返される。
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