第五章(3)…… 特技

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 真咲は言った。  遙香は自分自身を、より強く嫌うようになった。自分の分身を当然愛せず、遙香を守ろうとする真咲ですら突き放して、ふたりの間に距離が生じた。  その歪みから、もうひとつの人格が発露したんだ、と。 「新しい妹は、妬みと怒りの塊だった。遙香と同様に僕ら三人がぜんぶ自分自身なのに、先に生まれ、遙香と双子として分け合う役目を与えられた僕を(うらや)んでた」  不思議だよね、と続ける。「兄である僕を男とみなして許せず、それでいて、僕が周囲から女として認識されるのを許せなかった。梶山さんと仲良くするのにも嫉妬した」  あの子は、と真咲は悲壮な声を出す。  妬むこと、憎むこと、羨むことしか知らなかった。異常に執着が強くて、初めから話が通じる相手じゃなかった。 「異性とうまく話せる僕を妬みながらも、他の誰かには盗られなくないんだ。自分を不幸の底に落とす存在である、男というものをどうしても許せない。親身になってくれる梶山さんを、絶対に信用しなかった。彼を疑い、深く憎み、僕をも憎んで、僕が誰とも関われなくするために僕の自由を奪おうとした」  幸歩は遙香の思考力を奪った、と真咲は言った。  考えなければ楽になるからと(なだ)めすかして、遙香を丸め込み、操るようになったんだ。 「そのころには状況はかなり悪くなってた。幸歩がどんどん力を増して、日々のほとんどを水沢遙香自身として成り代わるようになっていた。そして、邪魔な僕が表に出られないように、心の内側の深いところに閉じ込めた。もう僕は幸歩に逆らえなかった」  だから、とあきらめの表情を浮かべる。 「僕は遙香のイマジナリーでいられた時までは自由に行動できたけど、遙香が判断力を失い、幸歩が主導権を握ってからはそうはいかなくなった。あの子が怒りにまかせて、梶山さんに手をかけようとするのを止められなかった」  後悔してもしきれない、と弱い声で発する。 「あの日、幸歩は梶山さんを試したんだ」 「試した……?」  うん、と真咲がうなずく。
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