第五章(3)…… 特技

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「あの子は他人の目を騙せる。どういうわけか、あの子がその場にいてもだれも気づかない。遥香からさらに分裂したせいで、もともと人としての気配が薄いのかもしれない」  修哉は、梶山の病室で視た光景を思い出していた。  細い糸のような思念で覆われています、とグレは言った。  グレの目を通して視た、淡い、白い光を発した糸。室内に張り巡らされた、強い拒絶の意志。  見るな、と幸歩は無言で叫び続ける。その具象化が、幸歩の周囲に幾重も巡らされた、淡く光る糸だった。  糸が発する、強い拒絶に触れてしまえば大抵の生者は逆らえない。 「梶山さんは、僕を見分けた。だから、幸歩も彼を試した」 「自分が見えるかどうか——?」  真咲はただ、悲しげな微笑を浮かべていた。  梶山には見えなかった。あの時——病室で修哉が見つけて声をかけた時、驚愕のあまりに幸歩が自ら声を発して、動き出すまで梶山には見えていなかったように。  幸歩は怒っていた。理不尽に。  梶山にはどうしようもないのに。  修哉は頭を抱えたくなった。  だから突き落としたのか。殺すとか殺さないとかそういうことではなく、ただ自分だけ、幸歩だけを見ないことが許せなかったから。 「あんなことをしてしまったんだもの、梶山さんに許してもらえるとは思わないよ。でも、せめて解ってもらえそうな人に、どうしてこうなったか伝えておけたらと思って」  梶山にはなんの非もない。まったくの災難だった。 「僕は、遙香が好きなんだ。やったことはいけないことだけど、遥香から生まれてしまった幸歩も、どうしても嫌いになれない」  梶山さんには悪いけど、と断りを入れる。「それでも、彼女たちが自分を愛せないのなら、僕だけでも大事に思ってあげたいんだ」  ぜんぶが自分自身なんだから、とさみしげに目を伏せる。 「訊いてもいいかな」 「なに?」 「幸歩は……新しく生まれた妹はどうなったんだ?」  梶山にまとわりついていた幸歩の生き霊は、気づけば病室から消え失せていた。もう二度と梶山にちょっかいを出さないのか、それだけは確かめておきたかった。 「梶山さん、僕に気が無いってはっきり言ってくれたからね。幸歩の嫉妬の対象じゃなくなった」  ああ、と修哉は気づいた。病室での会話。梶山が断言した。 ——マサキは、水沢さんよりも()えよ。 「聞いてたんだ」 「なんかとても大切な話をしてたから、病室に入れないでいたら弟さんと鉢合わせしてしまって、逃げらんなくなっちゃった」
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