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「あの子は他人の目を騙せる。どういうわけか、あの子がその場にいてもだれも気づかない。遥香からさらに分裂したせいで、もともと人としての気配が薄いのかもしれない」
修哉は、梶山の病室で視た光景を思い出していた。
細い糸のような思念で覆われています、とグレは言った。
グレの目を通して視た、淡い、白い光を発した糸。室内に張り巡らされた、強い拒絶の意志。
見るな、と幸歩は無言で叫び続ける。その具象化が、幸歩の周囲に幾重も巡らされた、淡く光る糸だった。
糸が発する、強い拒絶に触れてしまえば大抵の生者は逆らえない。
「梶山さんは、僕を見分けた。だから、幸歩も彼を試した」
「自分が見えるかどうか——?」
真咲はただ、悲しげな微笑を浮かべていた。
梶山には見えなかった。あの時——病室で修哉が見つけて声をかけた時、驚愕のあまりに幸歩が自ら声を発して、動き出すまで梶山には見えていなかったように。
幸歩は怒っていた。理不尽に。
梶山にはどうしようもないのに。
修哉は頭を抱えたくなった。
だから突き落としたのか。殺すとか殺さないとかそういうことではなく、ただ自分だけ、幸歩だけを見ないことが許せなかったから。
「あんなことをしてしまったんだもの、梶山さんに許してもらえるとは思わないよ。でも、せめて解ってもらえそうな人に、どうしてこうなったか伝えておけたらと思って」
梶山にはなんの非もない。まったくの災難だった。
「僕は、遙香が好きなんだ。やったことはいけないことだけど、遥香から生まれてしまった幸歩も、どうしても嫌いになれない」
梶山さんには悪いけど、と断りを入れる。「それでも、彼女たちが自分を愛せないのなら、僕だけでも大事に思ってあげたいんだ」
ぜんぶが自分自身なんだから、とさみしげに目を伏せる。
「訊いてもいいかな」
「なに?」
「幸歩は……新しく生まれた妹はどうなったんだ?」
梶山にまとわりついていた幸歩の生き霊は、気づけば病室から消え失せていた。もう二度と梶山にちょっかいを出さないのか、それだけは確かめておきたかった。
「梶山さん、僕に気が無いってはっきり言ってくれたからね。幸歩の嫉妬の対象じゃなくなった」
ああ、と修哉は気づいた。病室での会話。梶山が断言した。
——マサキは、水沢さんよりも無えよ。
「聞いてたんだ」
「なんかとても大切な話をしてたから、病室に入れないでいたら弟さんと鉢合わせしてしまって、逃げらんなくなっちゃった」
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