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まあでも、と続け、真咲は視線を窓の外にやった。
「正確には……、違うのかも」と言い直す。
「幸歩は、あの時点で役割を終えたんだと僕は思う」
自分に言い聞かせているかのような響きがあった。
「あんな状態がずっと続いていたら、遙香にも負担が大きいから。怒りの矛先が消えて気持ちが落ち着いたおかげで、解けて遙香の一部として取り込まれたんだ。以前どおりに戻ったけど、まだすこし影響が残っててね……遙香と僕の距離がちょっと遠くなってしまってて、記憶のやりとりがうまくいかずに曖昧になってるところがあるんだよ」
修哉は、昼間の光景を思い出していた。
梶山に声をかけられて振り返った時——、あの時の遥香は、本当に知らない者を見る目をしていた。
「梶山を覚えてなかった」
うん、と真咲が頷く。視線を修哉に戻す。
「覚えていない、と言うよりは……忘れていたいんじゃないかな」
あんなことをしでかしてしまったからね、と苦しげに微笑する。
「記憶、僕の中にあるんだ。だから、真実を受け入れて、受け止めて、消化するのには少し時間かかるかもね」
「……そうなんだ」
「出来るだけ逃げてほしくはないんだけど」
案じ顔の真咲に、返す言葉が見つからない。
真咲を責めてもどうにもならない。かと言って、遥香をなじったところで何かが収まるわけでもない。
時間を要する、ただそれだけだった。
「僕らも、そのうち元に戻ると思う。気持ちが安定すれば余程のことが無い限り、もうあんなことは起こらないよ」
いいよね、と心から憧れる真咲の声を聞く。
「正直、梶山さんも、修哉さんもうらやましいよ。他人に心から頼れるのは奇跡だから」
「……そうかな」
照れもあって、一度は否定してしまった。だが、それは違うと思い直す。
「いや、実際にそうだと思うよ。オレには過ぎた親友だと思ってる」
「大切にしなきゃだね」
「ああ」
真咲が、まっすぐに修哉をみつめてくる。その目が光を湛えて、きらきらと輝く。
「修哉さん、よく幸歩を見つけてくれたよね」
ありがとう、と真咲は頭を下げた。
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