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オレは矢継瑛士。都内の付属中に通う15歳。趣味は動画配信。これからバズる予定の配信者で、同じクラスのヤツらと、新動画の再生回数を競っている最中。
よし――。
自分の頭をテストしたところ、辺りをぐるりと見渡した。
「で、ここどこ?」
蔵の中に入って、桜が咲いていて、誰かの声が聞こえて……そこまでは覚えている。
瞬きひとつして目を開けたところ、このかやぶき屋根の軒下に立っていたのだ。こんな古い家、教科書か歴史公園の中でしか見たことがない。
目の前には澄んだ青空と、果てしない田園風景が広がっている。
「あら尊さま、お家の用事かい?」
ワラの笠を頭にかぶり、着物の袖をヒモでくくった女の人たちが大勢で田んぼの中にいた。
その中の数人が、こちらに向かって叫んでいる。
「尊さま! 父上様によろしく言っといとくれ」
田植え途中の女の人たちが、明らかにオレを指して「たけるさま」と呼んでいる。
その中のひとりが田から上がってくると、かやぶき屋根に干していた野菜を押し付けてきた。
これを「たけるさま」の家の台所に届けてくれという。
そうか、これは夢だ――。
ひょっとすると蔵に入ったのも夢で、親戚たちの話声を聞くうちに母屋で寝てしまったのかもしれない。
「あの、『オレ』の家ってどこですか?」
夢ならばいつか勝手に覚めるだろう。
「やだよぉ! ふざけてないで、頼みましたよっ」
よく分からないが、オレの意識が「たけるさま」という昔の少年に入り込んでいる――という設定の夢らしい。時代設定はおそらく江戸時代か、それより更に前か。
「家に帰りたい」、と思うとなぜか足が勝手にどこかへ向かっていく。道行く人たちに深々とお辞儀をされながら歩いて行くと、どこか見覚えのある門前に着いた。台所もすんなり見つかった。
石造りの台所では、まだ小学生くらいの女の子がひとりで火の番をしている。
「お、良いところに! そのガタイ、新米の丁稚じゃな? ワシちょっと手が離せんのじゃが、この膳を離れに運んでくれんか?」
オレは「たけるさま」か「新米の丁稚」か、どっちなのか。それにこんな幼い少女が、どうして「のじゃ」口調なのか。
ガバガバの設定に首を傾げていると、奪われた野菜の代わりに食事の乗ったおぼんと鍵を押し付けられた。
離れと言われても、どこのことだろう――。
今度ばかりは足が勝手に赴くこともなかった。そのまま数多の棟を見回していると、後ろから「丑寅の蔵じゃ! 鍵をかけ忘れないようにな」、と「のじゃ」少女の声がかかる。
丑寅がどこかよく分からなかったが、厳重に鍵がかけられている蔵はひとつしかなかった。
「この蔵……」
ばあちゃん家にある古い蔵とよく似ている。
外の白壁はまだ塗りたてのように新しいが、形はそのままだ。
鍵を開け、戸を開く。
すると蔵の中には桜……ではなく、白い着物の男の子がいた。
真っ黒な髪は伸びっぱなし。肌は血管が透けるほどに白い。
格子に閉ざされた殺風景な座敷で、窓の外を眺めている。
「おや? その音は……」
振り返った男の子はこちらを向いているというのに、どうも視線が合わない。
「兄さまが私の朝餉を運んでくださるとは、この十五年で初めてのことですね」
この子は「たけるさま」の弟なのだろうか。
そうであろうがなかろうが、人をこんなところに閉じ込めるなんて――。
「キミ、誰かにイタズラされてるの? オレと一緒に出ようよ」
「『君』? 何だか兄さま、平時とご様子が……」
しまった――。
オレの外見は今「たけるさま」だ。
これは夢だ。夢だというのに――なぜか尊を演じ切らなければならない、という謎の使命感に駆られていた。
「いえ、お気になさらず。久方ぶりに言を交わしたゆえ……命めの心は震えております。どうかまた、会いに来てはくれませんか?」
尊の弟――命のやせた手が、力なく格子にかけられた。よく見ると爪が伸びっぱなしになっている。それに、帯がだいぶ余った腰には――。
「そ、それ! 腰にあるそれ! どこで……!?」
オレのスマホだ。
そこにあるのが当たり前、というかのように、命の帯に挟まれている。
「あぁ、こちらの珍妙な板は兄さまのものでしたか。今朝方、起床したところ側に落ちていたのです」
電源は入る。バッテリーはほぼ満タンだ。
データは……。
『こんにちは~瑛士です! 今回の企画は由緒正しい実家の蔵を開けてみた、ということで……』
アルバムの最新履歴に表示された動画。それは覚えのあるものだった。
蔵に入った時の夢と今の夢は続いているのか――?
「兄さま、どうなされたのですか?」
肩に触れた命の手は温かかった。
「オレは今確かにここにいる」、と実感するほどに。
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