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第壱夜
<八尾比丘尼>
こんな夢をみた。
夢の中でわたしは、20代の青年だった。
わたしは、出張で○○市に来ていた。
取引先の企業が○○市の△△町にあり電車で一時間くらいの所に○○町があった。
○○町には小学6年まで住んでいたことがあり、先方との打ち合わせの後、そのまま帰路につかず○○町に寄ってみることにした。
十数年ぶりに降り立ったその駅はわたしの記憶にある駅舎そのもので、改札を抜けた先には2時間に1本のバスを停車させるバスロータリーがありその先には特に栄えてもいない、かといってさびれた感じのない町の住人のためだけにあるような短い商店街がある。
商店街を抜けたところで左に曲がると左手には町で唯一のお寺があり、大晦日にはこのお寺の梵鐘の音を聞いていた。
その寺の前にはブランコと砂場くらいしかない小さな公園があった。
この公園の近くには、友人の家があったような気がしたのだが、そのあたりの記憶があいまいなのだ。
そもそも、なぜ、自分が中途半端な時期に転校することになったのかも不思議で、家族に聞いても納得できる説明もなく、この町に来れば何かを思い出すのではないかと思い、寄ってみることにしたのだ。
自分の記憶と寸分違わぬ、町を歩いていると何かの視線を感じ周りを見回してみる。
すると公園の前に、わたしよりも背の高く鼻筋がとおり、色素の薄い目をした青年がこちらを見ていた。
その青年は、私に向かって
もしかして、○○くん?
と、親しみやすい、そして懐かしい微笑みを見せた。
彼はさらに
覚えてない?公園の前の家を指差しあの家に住んでいる○○だけど
と話しかけてくる青年について記憶の糸を辿るように思考をフル回転させている私に
やっぱり、記憶がなくなったって、本当だったんだね。
あれから、君のことを心配していたんだよ。
少し、話をしないか?
と、わたしを彼の家に誘ってくれた。
道すがら、彼はA君といって同級生でわたしの友達だったという。
友達の顔も名前も忘れている、わたしの非礼も特に気にするそぶりもなく当時の話をしてくれた。
そして
A君の家に着いたときに、ちょっとしためまいを覚えた。
確かに私はこの家を知っていた。
玄関にはいるとフローリングの廊下と二階への階段があり、その階段の壁には、数枚の写真がパネルに入って飾られていた。
その写真はスーツを着た年配の男性と、30代くらいの美しい女性が写ったものや子供の頃のA君とその美しい女性が写ったものだった。
私はとくにA君に聞かずとも二階に上がって右奥がA君の部屋だということを知っていた。
A君は飲み物を取りに、階下へ降りて行った。
わたしは、この部屋を覚えていた。
あれから多くの時間が過ぎているはずなのにこの部屋はあの時とほぼ変わらず時が止まっている様であの日のことが、まるで8ミリフィルムが頭の中でカタカタと映写される様な感覚に襲われた。
小学6年の 初夏ある日、わたしは、B君と一緒に公園の砂場で遊んでいた。
そこへ、A君がやってきてA君の部屋で遊ばないか?と、誘ってきたのだ。
それならばと、わたしとB君はA君の部屋におじゃまして遊んでいたが、B君がトイレに行くと言って部屋を出た。
なかなか戻らないB君が心配になり、A君に聞いてみるとB君は先に帰ったという。
不思議ではあったが、なにか急用でもできて先に帰ったのかと、納得した。
そして、わたしも尿意を催したのでトイレを借りようと、階下へ降りていくと階段に飾られた写真に写っている女性が階段の下にに立っていた。
とても、美しくて子供ながらにもドキドキしながら、トイレの場所を聞くと、その女性は
トイレは左の扉ですよ、奥の部屋には入らないようにね
と、微笑んでA君の名前を呼びこれからお出かけする旨を伝えていた。
A君は二階から、返事をしていた、わたしはそんなやり取りを背後に聞きながらトイレに向かった。
用を足してスッキリしたあと、入るなと言われてしまうと、どうしても奥の部屋が気になって仕方が無かった。
音をたてないように扉を開けて入ってみると、
なにか古い油と腐った魚、それに血の混じった様なにおいが部屋中に充満していた。
恐怖を感じたわたしは、部屋から戻ろうとしたときに、目の端に何かをとらえた。
わたしの記憶はそこで完全に途切れてしまった。
A君はコーヒーをドリップしてきてくれて、その香ばしい匂いをかぎながら、あの時、自分が見たのは何だったのかを考えていたら階下から
Aくん、お友達がいらしたの?と、女性の声がした。
わたしは、家人がいると気づかず、上がり込んでしまったことを恥しく思い、あいさつをするために、部屋を出た。
そして、声の主に愕然とした。
子供の頃に見た、そのままのA君のお母さんがそこにいた。
ああ、そういえば、
あれは何と言ったっけ?
歳を取らない人
そうだ、八尾比丘尼といっただろうか?
人魚の肉を食べたことで、不老不死になったという話、不老不死になった者は、いったい何を糧にしてるのだろうか?
わたしは、あの部屋で、ほかの写真も見ていた。
山高帽をかぶった正装した紳士のとなりで微笑むA君のお母さんにそっくりな女性の写真が、その年代を思わせるようなセピア色をしていた。
そして、
あの時、目の端に映ったのは
ここで、目が覚めた。
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