第肆夜

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第肆夜

<ベランダ> こんな夢を見た。 夢の中でわたしは30代前半の会社員だ。 2年ほど同棲をしていた彼女が「あなたはいい人だけどつまらない」と言って他の男の元へ行くため出て行ったのが1年前だ。 二人で住むために借りた広めの1LDKは一人だと少し持て余すところもあるが、立地的に便利でさらには家賃や光熱費などもわたしが支払っていたため一人になったからといって経済的に何ら変わりが無く、むしろ贅沢を好み家事や料理をしない彼女がいなくなったことで食事は近所の定食屋で済ませ、ある意味バランスのいい食生活ができている。 部屋のサイズ的に、わたしのように一人者も居るが夫婦で住んでる世帯もあり、まさに隣がそうだ。 最近ではベランダにキャンプ用の椅子と折り畳み式のテーブルを置いてコンビニで購入したおつまみを食べながらレモンサワー缶で一息つくのが夜の楽しみになった。 そう思うと彼女と別れたのは良かったのかもしれない、そもそも浮気をしておいてわたしがつまらないから別れるみたいな事を言って自分を正当化する人とこの先の未来は考えられない。 生活費に関しても、パートで働いていた給与は全て自分だけで使っていてその辺も疑問を感じていた。 今思うとどこが良かったのか、確かにぽわぽわとした可愛い系の子で最初は癒されると思っていたが、料理をするでもなくSNSで映える事が何よりも重要と考えている感じだった。 おつまみのパックの枝豆を咥えてサヤを軽く噛むとつるんと豆が口の中に入ってくる。 やっぱり酒のアテは枝豆だと思ったその時、隣の部屋から男性の怒鳴る声と何かが割れる音、そしてベランダのサッシが乱暴に開き「頭を冷やせ豚」という男性の声の後にごめんなさいと謝る女性の声とともに何かがベランダに転がるような音がした。 彼女が出て行くのと入れ替わりに隣に引っ越してきた夫婦で時おり隣から凄い音がすることがあったが、まさかの旦那が奥さんに暴力をふるっていた音だった。 タイミングが悪いと思っていたら奥さんが仕切り板にもたれたのか軋んだのがわかる。 そっと部屋に戻ろうとしたが、そういう時こそ音が出てしまい、奥さんがこちらを覗いた。 目があって気まずかったがとりあえず頭を下げると奥さんは恥ずかしそうに下を向いて仕切り板の向こうに消えてしまった。 顔がかなり腫れていた、あんな風になるまで殴るとか警察に言った方がいいんだろうか? いや、下手に関わるとわたしも飛び火を受ける事になる。 またあんな事が起こるかもしれないと思うと、お気に入りのベランダでのひとときは諦めるしかなく定食屋で夕食を済ませた後はサワーとつまみを購入して公園のベンチで飲んでいたが、もちろん寛げるはずもなく、そもそもわたしが我慢することでもないので今日はベランダで飲もうと決めた。 唐揚げを食べながらサワーを飲む。 この組み合わせは神だと思っていたら、仕切り板から隣の奥さんが顔をした。 先日はお見苦しいところをすみませんと謝る奥さんの顔はやはり腫れていて気の毒になる。 大丈夫ですか?旦那さんは?と、聞くと出張にでているのだそうだ。 だから、心なしか明るく見えるのかもしれない。 それからは、わたしが晩酌していると顔を出して仕切り板越しに話をするようになった。 どうやら、長期の出張らしくこんな風にわたしに話をかける事ができるようだ。 奥さんと話をするのは楽しいひとときだが、くつろげるはずのベランダに嫌な匂いがしてきた。 顔を顰めると奥さんは旦那に部屋から出ないように言われているためゴミを捨てに行くこともできずベランダに置いてあるゴミが腐ってしまいごめんなさいと言っていた。 旦那が出張に行ってすでに10日は経っているはずだ、食事とかはどうしてるんだろう? 完全にDVだろう、さすがに見ていられなくてこっちに来ませんか?と、聞いてみたがここからは動けないという。そいういう暗示的なことをあの旦那に受けているのかもしれない。 いつでもこちらに逃げてきていいですからね。と、伝えると奥さんは嬉しそうに頷いた。 今夜もベランダでくつろごうかと思っていたところに玄関チャイムが鳴った。 奥さんが部屋から出てこれたんだろうかと思いドアを開けるとそこにいたのはスーツ姿の二人の男性だった。 一瞬その男性は顔を顰めたが、まるでドラマでみるような仕草で手帳を開くとそこにはエンブレムがついていた。 「隣の部屋で何か気になることはありませんでしたか?もしくはベランダから異臭がするという話はありませんか?」 気になることが多すぎる、DVについて言っていいものか考えたが、殴られた時のあの顔や部屋から出られないなど奥さんがかわいそうで見聞きしたことを伝えた。匂いについてはベランダに置きっぱなしのゴミが臭っているらしいが、奥さんが外に出られないから仕方がないという話をすると「奥さんとはいつ話をされましたか?」ときかれたから昨日の夜も話をしたと伝えると警察の二人は顔を見合わせた。 「実は、挙動不審の男を職務質問したら男は隣の主人で奥様を殺害したあとベランダに放置したということで調べたところベランダにゴミ袋に入った奥様の遺体を発見しました。死後は少なく見積もっても10日は経っているそうなんですが、本当に昨夜もお話をされたんですか?」 もちろん話をしたと伝えると、警察官はベランダを見せてほしいと言ったので快く了承した。 ところが、入ってきた警察官はクローゼットを見つめ「ここを開けさせてもらってもいいですか?」と言って扉を開くと、男を作って出て行ったはずの彼女がクローゼットに居た。 そう言えば鍵を返してもらっていないから勝手に入っていたんだろう。 そんなことを考えていたら警察官が不思議な事を言った。 「この白骨化が進んでいる遺体はだれですか?」 ここで目が覚めた。
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