千里の百物語

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 千里(せんり)村の夏休み。今年もお寺の比丘尼さまを囲んで“地域・子供百物語会”が始まった。 「ねえ、何を話すの?」  隣の女子が僕を見つめ、指先で赤い折鶴をクルリと回す。この鶴は話を終えたら比丘尼さまの前に置いていく、いわば蝋燭の代用品だ。 「あの……僕この前金縛りみたいになったから、それを」 「え、ホントに怖い話するの? みんな自己紹介っぽい事言うだけなのに。すごーい」  円らな瞳がキラキラと輝く。同じ地域にこんな可愛い子がいたんだ。 「ではそちらのお嬢さんから。時計回りに」  百物語のルールは九十九話まで。百話目を話すと何か恐ろしい事が起こるとか。  指名されたのは隣の彼女だった。 「私、気になってた男子と初めて話せました。……たった今!」 (えっ)  言い放って、彼女が自分の折鶴を比丘尼さまの前に置きに行った。どうしよう、心が浮き立つなんて初めてだ。 (もしかしたら僕、今日から変われるかも……?)  彼女から時計回りなら僕が一番最後。この前の塾帰りの事、どこまで話そう。  いつも通り遅くなって、お寺の前で地域猫を捕まえて……いつも通りカッターで切った。あの時は耳しか切れなくて。 (急に体が金縛りみたいになったから)  その後、家に帰ろうと……家? 港、区……村? 「次、キミの番よ」  彼女の声にハッと我に返ると、畳の上にはすでに沢山の鶴が整然と並んでいる。 (いつのまに!?)  十羽並んだ折り鶴が九列。次の十列目にももう九羽。つまり九十九の話が終わったという事。次は。 (……百話目)  そういえば僕、鶴なんて折れない。毎年こんな地域の催しに参加? 友だち一人いない僕が? 「さあ……一言ダケ」  彼女の口元が笑う。比丘尼さまも笑う。でも百話目を話したら。 (どうなるんだっけ……)  僕を取り巻く地域の知らない子供達。見開いた目の瞳孔がキュンと縦長になる。  彼女が髪をかき上げると片方の耳が無かった。 「……僕、仙狸(せんり)村なんて知らない」    完
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