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「そっか……。なんか楯山が嬉しそうだからそう思っただけだ」
「俺が嬉しくなるのは吉良が笑ってくれた時だけだよ。吉良。お前こそなんかあったのか? いつもより暗い顔してさ」
楯山に顔を覗き込まれそうになり、思わず「何もない」と顔を背ける。
まさか交際を隠したがっている様子の楯山に向かって「お前が川上と付き合うことになってなんか寂しくて」だなんて言えそうにない。
「つ、追試だよ。英単語の追試が毎回でちょっとヘコんでるだけだ」
気にしてもいない、英語の授業の毎にある英単語の小テストのせいにする。
「あー、そうなんだ。英単語も覚え方ってのがある。俺が教えてやるよ。10分もあれば全部覚えられる方法だ。吉良さえ良ければこれからテストの度に毎回付き合うぜ」
やめろ。そんなこと言うな。
いつもなら嬉しいはずの楯山の優しさ。だが楯山には川上がいると思うと妙に距離を取ってしまう。
「いいよ。別に。俺一人で大丈夫だから」
「遠慮すんなって! えっと明日の範囲は——」
楯山は英単語帳を手にして遠慮なく吉良の隣に座ってくる。膝同士がくっつくくらいの距離だ。
おい、距離感気をつけろよ。
「吉良、どうした……? 具合でも悪いのか……?」
楯山は心配そうな顔で手を吉良の額に当ててきた。
「熱は無さそうだけど……」
楯山は天然たらしだったのか……? 好きでもない俺にもこんな風に優しくして、スキンシップを取って……。
「やめろ!」
耐えられなくて楯山の手を振り払う。突然の吉良の拒絶に、楯山は「え……?」と驚いている。
「ごめん……。ちょっと頭冷やしてくる……」
ダメだ。全然ダメだ。今まで通りにだなんて振る舞えそうにない。
吉良はいたたまれずに部屋を出た。
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