12 一人称を演じる

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 江島先輩の話は、別にそんな流れじゃなかったと思う。江島先輩は合宿に来ないことに納得していたし、夏目が合宿をさぼる理由なんか、全然追及していなかった。  聞かれてもいないのに、夏目の方から、自分から話を切り出したのだ。珍しい現象だった。 「批評会っていうと身構える?」  夏目は自分で言い出しておきながら、頷きもせず、また江島先輩をじっと見つめている。見過ぎ。私は遠くからハラハラした。 「大したことはしないよ。上手いとか下手とかじゃなくて、どこが好きか、嫌いか、自分の見たまま言うだけ」  江島先輩は静かに話していた。詳細を書くことはしないが、私は今でもその内容を時々思い出す。  江島先輩は、意外にも、ちゃんと夏目のことをわかっていると思った。部活にはほとんど顔を出さないし、話したこともないのに。同級生達よりずっと夏目をわかっている。頭でわかっているというより、持って生まれた波長が同じなのかもしれない。そう思いながら私は聞いていた。  絵で一人ぼっちになっている夏目に、江島先輩の話が届かないはずがなかった。言葉はシンプルだけど、大事な話だったと私は思う。私じゃなくて、夏目に届いてほしい内容だった。  江島先輩は、勧誘するでもなく、絵と批評に関する考えを短く話して、夏目がこの夏やるべきことを淡々と伝えて、それで解放してやっていた。  江島先輩に話しかけられて緊張した夏目は、諸々を聞き流していた。江島先輩のくれたプリントについても、何もわかっていなかったので、私がほとんど説明し直す羽目になった。  仕方がない。夏目は話の内容よりも、江島先輩を脳裏に焼き付けることに専念していたらしいのだ。夏休み明けの作品で、それは痛いほどわかった。    
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