12 一人称を演じる

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 通常通りの生活が戻ってきた。皆は喜んでいる。でも、自分は全てが白々しく思える。人生が学校にいかに奪われているかに気付いた今、中身のない毎日に流されるのはもう、疲れたという。  勉強は嫌いじゃないが、学校でみんなとするのは辛い。勉強以外のことで消耗してしまう。震えてしまう。とても、自分のことに集中できない。  そんなことをその子は言った。  なぜ、教室に集まらなくてはならないんですかとその子は言う。  速さも、正確さも、競い合うのは辛いといった。勉強なら、通信制の学校で、自分のペースでやりたいと言った。 ーー無理はしなくていい。 ーー全人的な承認と触れ合いによる人格形成が大事。   ーー逃げてもいい。 ーー部活に打ち込んでみては。 ーー確かに心の健康が第一だし、一人の時間も必要だ。 ーー行事もテストも社会も同じ。対幻想を共有しながら人は生きる。 ーー学校を中退したら後悔する。 ーー辛いなら辞めたっていい。  その子の表情に合わせて、私の言葉も、コロコロ変わっていた。  君の欲しい言葉はどれなんだ。なんて言えば、君は救われるんだ。君を助けたいだけだ。正しい答えなんて私は知らない。  こんな酷い、情けない面談の最中、唐突に江島のことを思い出した。 ーーあなたがいないと、私は。  いくら物事の意義を解いても、損得を勘定させても、意味がない。そこに一人称と二人称がなければ。  私はその前提を、押し隠したまま生徒に接していた。教師が生徒に、個人的な感情でものを言ってはいけないと思っていたから。  ふと、江島を真似て、私は見えない一人称を言葉にしてみた。  その後の、数分間だけ、その子と初めて対話ができた気がした。  いや、どうだろう。わからない。大人の勝手な自己満足かもしれない。けれど。  憐れみにしろ、気遣いにしろ、お愛想にしろ、その子が初めて私と目を合わせてくれたのは事実だ。
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