12 一人称を演じる

8/8
前へ
/66ページ
次へ
 江島には、そういう失敗はないように見えた。江島の一人称は完璧に演じられていた。  学園生活は、江島の周りだけ、能の舞台のように整理されていた。その動きは常に、絵のように静謐だった。私はその秘訣を江島の聡明さに求めるが、夏目はどうか。  江島に備わった美の奥を知りたいと願ったのかもしれない。あるいはその逆。奥がありながら、美だけを見せてくれる存在だから、憧れていたのかもしれない。  私は、二人を隠れて見守りながら、暗い廊下に立っていた。  手を替え品を替え勧誘する前に、もっとなにか、自分にできたことがあったのではないかと、江島を見ながら思っていた。  当時、私は十三歳。一番大事なことを隠し、どうでもいいことばかり演じる術を身につけ始めていた。  一人称は演じなければ消えてしまう。私がそのことを悟るのはずいぶん先のこと。    
/66ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加