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 彼女――― 三津倉千雪(みつくらちゆき)――の存在をしっかりと認識したのは高校2年生の秋だった。11月の放課後。校舎の3階の端。人があまり寄り付かないその場所は肌寒かった。    なんでそこに行ったのかという理由は忘れてしまったけど、片手にイチゴミルクのパックを持っていたなんて、どうでもいいことは妙によく覚えている。  千雪は屋上に続く階段の上から5段目くらいに立っていた。立っていただけじゃない。当時付き合ってた男とキスをしていた。ブレザーを少し着崩す男の背中。彼女の後頭部を撫でる手。男のシャツの裾をつまむ指。千雪のしっかりと開いた目。さっさと通り過ぎればよかったのに、立ち止まってしまったのは、その目に捕らえられたからだ。素人のキスシーンに映画のような美しさなんてない。気まずい。いたたまれない。見たくもない。だけど目を逸らすことができない。止まった足も動かない。  千雪は俺を見続けている。男に何度も何度もキスをされながら、キスをしながら、目だけはずっと俺に向けていた。 『三津倉、2年になって5人目だって』 『すげーな。俺もお願いしたら一回くらいOKしてくれねーかな』 『一回くらいって、なにをだよ』 『卒業までに卒業したいことあんじゃん』  さっきすれ違った奴らがげらげら笑いながらしていた下らない話。通りすがるとき俺はイチゴミルクを飲んでいた。そう、イチゴミルク。今も持ってるそれが手の温度であたたまっていく。ぬるいイチゴミルクほど、まずいものはないっていうのに。千雪はまだ俺を見ている。なんで俺を見るんだよ。見るなら相手を見ろよ。イチゴミルクをひと吸いした。くそマズい。俺は思いっきり顔をしかめた。千雪が、笑った。 * * 「千雪は、あのときなんで俺を見てたの?」 「え?何の話?」 「なんでもない」  昼下がりの大手チェーンのコーヒーショップ。目の前に座る彼女は限定のなんとかんとかフラペチーノを一口飲むなり「あまい」と声を上げてくしゃりと顔を崩した。 「甘いに決まってんじゃん」 「こんなに甘いって思わなかったんだもん」  千雪はドーム状の透明な蓋を取った。こぼさないように気を付けながら、ストローをぐるぐる回して生クリームを溶かしていく。
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