クワイエット円舞曲

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「ほら、行くぞ。あ、そう言や、おまえに借りていた予言の書を返さなきゃな。この予言が当たったら、どんな世界になるんだろうな。けど、おれはありえるって思ったね」  少年に手渡された分厚い本の表紙には、『クワイエット()()()』と書かれていた。どこかで聞いたタイトルだ。ええと確か、二つ下の妹がハマっていた少女漫画だったっけ?  俺は歩きながら本を開いてみた。やはり漫画だった。さっき少年が言っていた設定通りで、ユミカ姫が主人公、キックは姫専属執事の三男坊となっている。ユミカ姫は須山弓香によく似ていた。キックの顔も、俺に似ているように思えなくはない。しかし、三男か……。何とも微妙な立ち位置だな。言ってみれば主を口説くってことだろう。ユミカ姫が最初から惚れてくれたらいいが、従者の三男坊ごときがどのように接すればいいのか。これは物語を動かすまでに結構な時間がかかりそうだ。  巡回警備と言っても、ただ街なかを歩くだけだった。漫画を読むにはもってこいだ。俺は期待しながら、ページをめくり続けた。  正直に言って、面白い漫画だと思う。  ユミカ姫は、親に勧められた隣国の王子を好きになれず、三度きりの条件で舞踏会を開くことにした。そこで現れたベンジャミン・バルベと恋に落ち、楽しくも切ない物語を紡いでいく。しかしそのベンジャミンは、実は仮想敵国であるババーク王国の王子だった。二人は愛を誓い合い、ババーク王国を(たお)すことに決めた。時には命の危険に(さら)されたり、時には引き離されたりしながら、いくつもの山を越え、谷を越え、ハッピーエンドに向かって突き進む。持ち前の明るさで全てを克服していくユミカ姫は実にキュートなキャラクターだった。  これは、漫画の感想なんだけどね。うん、本当に面白いと思うよ。  だけど、キックは最初の1コマしか出てこなかった。どうしてそんなキャラに名前をつけちゃったの、と訊きたくなる。名前がついたキャラってさ、普通はいくらか活躍するもんじゃないかな。完全なモブに名前なんてつけないでしょ。未だにセリフ一つもないし。けっこう時間は経ってると思うんだけど、俺、ぜんぜん声出せないし。
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