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『果て』の空の部分にひびが入っている。空が割れるなど信じられない。驚愕にとらわれる少女の眼前でひび割れはその大きさを増し、遂にめきりと音を立てて、空の一部に、人一人が通れるほどの穴が開いた。
だが、ユヅカの驚きはそれだけでは終わらなかった。
穴をくぐって人が入ってくる。それも一人だけではなく、後ろに続いて、全部で五人。その誰もが、鍛えられた身体つきをし、革製の鎧をまとって、抜き身の剣を手にしている。シェルテの男達が訓練で使う、刃を潰した模造刀ではない。ぎらりと剣呑な輝きを放つ、真剣だ。見ただけですくみあがってしまう。
「何だ、ガキか」
男の一人が、ぎょろりとした目でユヅカを見下ろした。
「見られたからには、生かしておく訳にはいかねえな」
何を言っているのかわからない。いや、脳が理解を拒否したのだ。突然『果て』が壊され、やってきた侵入者はユヅカを殺そうとしている。本能的な恐怖で身が震える。歯の根が合わなくてかちかちと言う。
少女の恐れを感じ取ったのか、仔羊が小さく唸ったかと思うと、ユヅカを守るように男達の前に進み出た。めえ、めえと懸命に鳴き、未知の敵を威嚇しようとしている。
「何だ、この羊? 邪魔くせえな」
先頭の男が胡乱げに目を細めて舌打ちすると、剣を振り下ろした。小さな悲鳴と、肉を断つ鈍い音。そして、鮮血の赤がユヅカの聴覚視覚に刻まれる。白いもこもこの毛が真っ赤に染まり、ただの肉塊と化した仔羊が、力を失って地面に倒れ込んだ。
ああ、ああ、と。言葉にならない声が、自分の口から洩れているものだと気づくのには少しだけ時間が必要だった。膝をつき、つい最前まで生命が宿っていたはずのそれに手を伸ばせば、ぬるりとしたものが手にこびりつく。
「安心しろ」嘲けるような男の笑いが頭上から降ってくる。「すぐに後を追わせてやるからよ」
刃が振りかぶられる気配がする。それが自分の身を引き裂いて、血を溢れさせるだろう事も想像できる。
死ぬ。
いきなり首筋に触れた死神の鎌の気配に、ユヅカの脳裏で混乱が渦巻く。
(嫌)
命あるものの至極まっとうな祈りだろうか。それはユヅカの中で明確な言葉を成した。
(死にたくない)
強く願った、その瞬間。
ぶわり、と。少女を中心に烈風が巻き起こった。
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