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「おう、ご苦労さん」
案の定、長剣を帯びた見張りの黒服男が二人、葉巻をふかしていて、出てきたユヅカに片方が気安く声をかける。小さく会釈して、脇を通り過ぎようとした時。
「待てよ」
もう片方の男が、低い声でユヅカを呼び止めた。ばれたか。心臓が殊更大きく脈打つ。しかし。
「お前さんも大変だな。毎日毎日、ヒューゴ様のお気に入りの世話なんてよ」
男はそう笑って、葉巻の煙をぷかあと吐いてみせる。ユヅカだと見抜かれた訳ではなさそうだ。相手に気づかれない程度に、ほっと息をつく。
「いくら『タツノオトシゴ』の竜使でも、ヒューゴ様も執着しすぎだろうが」
「あんな小娘のどこがいいんだかなあ。お前さんの方が、よっぽど好い女だろ」
どこか呂律の回っていない口調に、頭巾の下から横目で見やる。男達は赤ら顔で、鼻を利かせれば、酒精の香りが漂ってくる。食事運びの娘とユヅカの区別などついていないのか。とにかく、ここで立ち止まっている訳にはいかない。再び二人に軽く頭を下げて、その場を立ち去ろうとしたが、「まあ、そんなにつれなくするなよ」と、前後を塞がれ、腕を掴まれた。盆を取り落として食器が散らばる。
「丁度二対二だ。部屋の中で仲良くしようじゃねえか?」
男が臭い息を吐きながら顔を近づけてくる。何故、草原の外には、こんな下卑た心を持った輩ばかりいるのか。こみ上げる苛立ちを制する事が出来ず、銀の『タツノオトシゴ』が姿を現して、男に噛みついていた。
「ぎゃああああ!!」
ユヅカの腕を掴んでいた手を噛み千切られた男が、悲鳴をあげながらよろめく。
「こ、こいつ……!」
見破られた。これ以上ここに留まっている訳にはいかない。ユヅカを捕らえようとする後ろの男の手をかいくぐり、痛みにのたうち回る前の男を突き飛ばして、廊下を駆け出した。
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