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「逃げた! 逃げたぞ! 竜使の小娘が!」
建物中に響き渡るのではないかという大声で見張りが叫ぶ。人が集まってくるのは時間の問題だろう。それまでに、ここを脱出しなくてはならない。
だが、見知らぬ土地の、見知らぬ場所の只中で、味方は一人としていない。幾つもの角を曲がり、階段を駆け下りたが、出口らしき扉は一向に見えてこない。それどころか、自分が今どこにいるのか、どこから来たのかさえ、完全に見失ってしまった。
「こっちだ! 探せ!」
複数人の足音と声が近づいてくる。ユヅカは周囲を見回し、眼前にあった扉を開くと、中に飛び込んで、即座に閉めた。
部屋の中に明かりは無い。闇の中、息を殺して部屋の前を敵が通り過ぎてゆくのを待つ。人の気配が遠ざかったのを感じ取って、ほうと息をついた瞬間。
暗がりから伸びてきた腕に抱え込まれて、ユヅカは小さな悲鳴をあげようとし、それより早く大きな手で口を塞がれた。伏兵がいたのか。頭から血の気が引いて、混乱に陥りかけつつも腕を振りほどこうとしたが、触れる手の温度と大きさに覚えがあって、はっと動きを止めた。
「ユヅカ?」
耳元で、困惑気味に囁く声がする。今、一番聞きたかった声だ。
手が離れて、腕もほどかれる。正面から向き合い、窓から差し込む月明かりを頼りに相手の顔を見た途端、緊張が一気に解けて涙が溢れ出した。
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