19:楽土を夢見る

3/8
前へ
/120ページ
次へ
「――言って!」  振り絞るように、言葉を紡ぎ出す。 「痛いなら痛いって、辛いなら辛いって、ちゃんと言って! お前のせいだって怒って! 大丈夫じゃないって泣いてよ!」  化粧が落ちるのも構わずに、涙の粒を飛ばして叫べば、イルギッドは虚を衝かれたように目を丸くした。だが、驚きの感情はすぐに去り、代わりに、血濡れの唇の端を持ち上げる。 「相手がお前だから、大丈夫だって言ってんだ。本当に大丈夫じゃなかったら、ちゃんと言ってる」  今度はユヅカがぽかんと口を開けてしまう番だった。少女の驚きには取り合わず、青年は続ける。 「お前が教えてくれた。喜びも、悲しみも、楽しい事も、辛い思いも、誰かを信じて、想う事も。空っぽの『(カニス)』だった俺に、お前が『イルギッド』としての生を与えてくれたんだ」  青の瞳に真摯な光を宿して、イルギッドはまっすぐにユヅカを見つめる。 「俺はヒューゴに屈したりしない。最後まで諦めない。だから、お前も俺を信じてくれ。最後まで、諦めるな」  再び目の奥が熱くなる。自分は彼に、ここまでの深い想いをもらっていたのか。ならば、それに応えなくてはならない。 「わかった」  彼の腫れた両頬を痛めないように軽く包み込み、力強くうなずき。 「あなたを、信じる」  そして顔を近づけ、一瞬、彼の唇の熱を感じ取った。 「……ったく」  イルギッドが苦笑を見せ、ユヅカの唇を手で拭う。指に、紅ではない赤が移る。 「唇を切ってんのに、んな事するもんじゃあねえよ」  その表情に、また泣きたくなったが、運命は二人の時間を待ってはくれなかった。
/120ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加