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エレベーターを待ちながら
それから数日後。
マンション五階の共用廊下で、エレベーターを待っていたのは阿川裕子。503号室に住む主婦だった。
「こんにちは! 裕子さんもお出かけですか?」
後ろから声をかけられて振り返れば、聞き覚えのある声からも明らかなように、よく知っている相手だ。裕子の隣、502号室の山藤喜恵だった。
「こんにちは、喜恵さん。ちょっと近くの商店街まで買物よ。お出かけってほどじゃないけど、喜恵さんは違うみたいね」
薄桃色のラフなブラウスの裕子とは異なり、清楚な白いシャツに爽やかな水色のスカートを合わせている。最近はリクルートスーツ姿の喜恵をよく見かけていたが、今日はおしゃれで可愛らしい雰囲気だ。
「はい、これからデートです。就職活動で知り合った人と付き合い始めて……。今日が初デートです!」
彼女の顔には、いかにも幸せそうな笑みが浮かんでいた。
心の中では「それじゃ就活じゃなくてまるで恋活みたいね」とツッコミを入れながら、裕子は微笑んでみせる。
「あらあら、初々しいわね。私も若い頃を思い出すわ」
「何オバサンみたいなこと言ってんですか。裕子さんもまだ若いのに……。それに新婚さんでしょう?」
「新婚といっても、そろそろ一年経つけどね」
「いいなあ、裕子さんは。大学卒業してすぐ結婚だから、就活の苦しみも経験せずに済んで……」
「確かに、その点は旦那に感謝してるわ。でも就活だって、大変な事ばかりじゃないのよね? ほら、素敵な出会いもあるじゃないの」
「えへへ……。そういえばそうでした」
ニヤニヤ笑う喜恵を見ながら、裕子の心は少しだけ曇っていた。
自分自身に対して問いかけていたのだ。「まさかこの子じゃないわよね? 私の旦那の浮気相手は」と。
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