僕の「兄」

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僕の「兄」

 ラッキーは僕の兄だ。  彼は人間じゃなくて、黒い毛並みの柴犬だけれど。  ラッキーは、僕が生まれる一年前から我が家に居る。だから、僕より先輩。その自覚があるのだろう。ラッキーも、僕に対しては「年上」といった態度を見せる。例えば、ご飯の時に「待て」をしなかったり、散歩の時に僕の前を歩いて僕のことをリードしたり……犬って家族を順位付けするっていうから、僕はラッキーよりも格下なのだろうな。  そんなラッキーは、今年で十四歳。人間に例えると立派なおじいちゃんだ。けど、僕にとっては「兄」。ずっと一緒に年齢を重ねてきたのに、急におじいちゃんだなんて思えないや。 「ねぇ、ラッキー。今日のおやつは野菜味にする? それともチーズ味?」  僕がそうラッキーに訊くと、彼は迷う様子もなくチーズ味のおやつの袋をぽんと叩いた。すごいな、人間の言葉を理解しているみたいだ。  棒状のおやつを食べやすいように細かくちぎってラッキー専用のお皿に入れてやると、ラッキーは二回においをくんくんと嗅いでからそれを食べだした……犬用のおやつって、美味しいのかな? 良いにおい……ではないけれど、ほんのりチーズの香りがする。  ……ちょっと、味見。  僕は、袋の中のおやつをちょっとちぎって、自らの口に入れようとした。その時。 「それは、俺のだ」  そう、確かに声がした。  僕は手にしていたおやつを床に落とす。  それをすかさずラッキーが、食べた。 「え……ラッキー?」  喋った……?  いや、犬が、まさか、そんなこと……。  僕はじっとラッキーを見る。だが、彼はすました顔をして、自分のハウスに戻って行く。 「ら、ラッキー!」 「……ワン」  咄嗟に名前を呼んでも、ラッキーは「ワン」としか鳴かなかった。  ラッキー……何だったんだ。  聞き間違い? いや、でも確かに……。  ラッキーは、すやすやと寝息を立てている。喋らないよな、普通。けど、僕よりも早く人間の言葉を耳に入れていた彼なら、もしかしたら……という奇跡もあるのかもしれない。ラッキーは僕の「兄」なんだから。  僕はラッキーが使ったお皿を洗うために、それを手に取ってラッキーに背を向けた。 「ご苦労さん」  そんな言葉が聞こえた気がして、慌てて振り向いたけど、ラッキーは丸くなって眠っていた。  いつか、普通に会話をしてみたいな。犬と話せる技術を、もしかしたら誰かが発明するかもしれない。そしたら、ラッキーは何を言うだろう。ふふ、楽しい未来だな。  だから、元気に長生きしてね。  僕の、たった一人のお兄ちゃん。  ずっと仲の良い兄弟で居たい。僕は眠るラッキーを起こさないように、黒い毛並みをそっと撫でた。
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