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「ああ、こりゃダメだ。死ぬ」
あくまで母に向けてそう言う、村で唯一のお医者。
「診断書さ出す。救急車は呼んだかや?」
「はい」
「もっぺん電話して断れ、気の毒だ」
「そりゃないだろ!おい!先生!」
父が立ち上がり、お医者に詰め寄る。
「意識がないだけだろ!うんうん唸ってる!脈も呼吸もある!助かる!」
「手ぇにぎって声掛けてやれ」
「先生!おい!」
あくまで父を無視するお医者。尚も納得いかない父はお医者の肩を掴み揺さぶる。
「絶対に死なさない!救急車は呼ぶ!こんな村じゃなく街のちゃんとした病院に連れて行く!」
睨み付ける父。僅かな沈黙の後、お医者が小さくため息を付いた。
「死なせぇ。誰の幸いにもならん」
キッパリとしたその言葉は、漸く、父に向けられたものだった。それまで少しトボけたようなお医者の口調が一転、生命を扱う者のそれとなる。
「オレが、バァ様死なすっちゅうた。オレが。オレがだ。バァ様亡くなって、おめ達の事を誰悪くゆう?誰も言わねぇ。だから死なせ」
暗くて重い。父は少したじろいだようだったが、
「ぶちくらわすぞ。とっとと去ぬっちゃ、こんクソヤブ」
脅す様にそう答えた。
お医者は「死亡診断書、後にとりきゃれ」と、母に告げて帰宅。
救急車が到着したのはそれから10分後。山道を下り、街の大きな病院に到着したのはそれから1時間以上経った後。
通常なら到底助かるものではないが、出血した場所が良かったのと、道中の懸命な救命処置が幸いして、祖母は一命を取り留めた。
翌日の昼、祖母の入院準備をするため家に戻った僕達。
慌ただしく家の中に入っていく父と母。その様子を重たい眼で眺めていた僕は、ふと、玄関先に何か黒いシミのようなものをみつけた。
「…………………」
近寄ってみると、それは何かに踏み潰され、平たく乾いたヤモリの死骸。昨晩、祖母に叱られ玄関先に放したヤツだろうか。
「…………………」
ヤモリは祖母を救ったか、それとも害したのか。
「…………………」
ぼんやりと、僕のせいじゃなければいいな、なんて考えていた。
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