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 読書や譜読みにうってつけの明るい居間だが、しばらく諦めねばならない。今は庭園の一角に音楽堂を建てているところなので、屋敷のなかでもここは最も影響があるのだった。  しかし、父と母がサロンを発展させて音楽会にしたいと言っていたことが、形になっていくのを目の当たりにできるのだ。五百人近く観客席が設けられる、規模も内容もベルリンの名所になると噂になるほど。僕は実業家の跡取り息子としてではなく、音楽を作ったり演奏したりする人間として期待に心が燃え立つ。  職人たちが建物の内外で汗を流し立ち働く姿に見入っていると、後ろから大きな声がした。 「フェリックスー、私のかわいい弟」  ファニーは子どものように背中に抱きついた。  良家の子女としたら結婚やら婚約やら当たりまえの年ごろ。そうでなくても優等生気質なのだ。ほんのたまにはじけるときは、とことん無邪気なお姉様。  しかしこの感情の高ぶりかたはどうだ。頬を染めて目は輝き喜びいっぱい。少し嫌な予感がする。でも僕は四歳下だけどこの家の跡取り息子だから、冷静に彼女の右と左の頬にキスをした。 「もうフェリックスったら『私のかわいい弟』って呼ばれるの、そんなに照れくさいの」  いや、違う。でもまあいい。そういうことにしておこう。 「ふふ。フェリックス。とっても良いお知らせよ」  大きな目でのぞきこむ。こんなにきれいな目の持ち主はこの世にいないだろうな。 「知りたくない」  動揺を悟られまいと、僕は棒読みのセリフを吐く。 「嘘おっしゃい」  もうやめてくれ、そんなにこぼれるような奇跡的に美しい笑みを浮かべるのは。 「だいたいわかるよ、決まっているだろ。毎日画学校から帰ってくると陽気な鼻歌を歌ったり、くるくる踊ったりして」
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