5.Side アキト ー切れかけた糸ー

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 それまで忙しくスプーンを動かしていたケンシロウの手が止まった。  みるみるうちにケンシロウの目に涙が溜まっていく。 「お、おい。どうしたんだよ……」  いきなり泣き出したケンシロウにアキトは慌てた。  すると、ケンシロウはアキトをポカポカ叩きながら怒った。 「アキトのバカ! オレが、オレがどれだけお前が来なくなって心配したかわかってるのかよ!」 「ご、ごめん、ケンシロウ……」  アキトがうじうじ悩んでいる間、ケンシロウにそんなに精神的な負担をかけていたのか。  アキトは申し訳なさに平身低頭ケンシロウに謝った。  だが、当然ケンシロウはアキトを謝っただけで許してなどくれず、目を真っ赤にして彼を睨み付けた。 「オレ、何かアキトに嫌われること言ったかなとか、運命の番でも解消されちゃうのかなとか、ずっとずっと不安で仕方なかったんだからな!」 「ごめん! 本当にすまなかった」  おろおろしながらアキトが謝ると、ケンシロウはふうっと大きく息をついた。  そして今度は少しはにかんだ表情をして、アキトを見上げた。 「……オレもアキトと一緒にいたい」  その言葉がずっと悶々と悩んでいたアキトの心にかかった(もや)をぱっと吹き飛ばした。  そんな可愛いアキトの願いを拒否出来る訳ないじゃないか。 「もちろんだ」  アキトは人目も憚らず、ケンシロウを思い切り抱き締めた。  そのまま暫く抱き合っていた二人だったが、再びケンシロウが膨れっ面になって自分を抱き締めるアキトを引き剥がした。 「大体、何でいきなりオレんちに来なくなったんだよ」  ケンシロウはすっかりいじけているようだ。  一方のアキトも理由を訊かれると何とも答えずらく、口ごもってしまう。 「それは……えっと……その……」 「ちゃんと説明しろよ! そうしなかったら絶対にお前のこと許さないから」  どうやらアキトに拒否権はなさそうだ。アキトは観念した。 「……俺、ケンシロウのそばにいる資格なんかないと思ったんだ」 「資格?」 「ああ。正直、オカダ先生の言っていたこと、俺にとってほとんど図星だったんだ」 「オカダって、さっきのおっさんのこと?」 「うん。あの人は俺の指導教授でね。学部時代からずっと指導を受けているんだけど、これだけ一緒に長い時間を過ごしていると、何でも見抜かれてしまうんだね。やっぱり俺も自分のことαって薄々気付いていたからさ」  アキトはケンシロウの半生の話を訊いてから、ずっと彼に抱いていた劣等感を正直に打ち明けた。 「俺は本当にバカだった。Ωの人たちのことなんて何も知ろうともせず、自分よりも下の存在だと見下していた。俺よりもずっと懸命に生きているのに」  話している内に、アキトはそんな情けない自分に思わず涙が滲んだ。  だが、ここはきちんとケンシロウに謝らなくてはならない。  いや、ケンシロウだけじゃなく、軽率に蔑んでいたΩ全員に。 「それもこれも八つ当たりだった。自分がαとして情けない生き方しか出来ていない苛立ちをΩにぶつけていただけなんだ。こんな俺がケンシロウの運命の番だなんて、申し訳ないと思っちゃったんだ」  そこまで訊くと、ケンシロウは大きな溜め息をついた。  そして「バカ」と言いながら、アキトの額にデコピンを食らわせた。 「そんな所だろうと思った」 「え? お前、俺が考えていること、わかっていたのかよ?」  思わぬケンシロウの反応に、アキトはすっかり涙が引っ込んでしまった。  唖然とするアキトの様子にケンシロウはクスクス笑い出した。 「でも、オレ、アキトのこと嫌いじゃないよ。むしろ、好きになった」 「へ?」  アキトはポカンとした。  こんな情けない俺のことを逆に好きになったって、これまたどうして? 「そうやって、素直に自分の非を認められるαって、全然いないからさ。オレが出会ったやつらは、こういう場合、しったかぶったり逆切れしたりするようなやつらばっかりだった。そういう意味で、アキトは凄い」 「そ、そうなのかな?」  ケンシロウに褒められて、アキトは素直に嬉しくなり、顔が上気して自然とほころぶ。  ケンシロウはそんなアキトの表情を見て再びクスリと笑った。 「それに、アキトってびっくりするくらい素直だからさ。オレ、アキトのそういう所、好きなんだ」 「そ、そうか?」 「うん。アキトはαなんかじゃない。オレにとっては自慢のだよ」 「わかった。わかったから、もう、やめろよ!」  アキトはあまりにも照れ臭くなり、思わずケンシロウから目を()らせた。
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