5.Side アキト ー切れかけた糸ー

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 アキトは照れ隠しをするためにわざとらしく咳払いをした。  それからもう一度、ケンシロウに謝った。 「ごめん、ケンシロウ。俺は自分のことしか考えていなかった。自分に自信がないからケンシロウの運命の番として相応しくないと思って、お前から逃げてた。でも、その分、お前に余計に負担をかけていたんだな」 「アキト……」 「そのせいで、俺を探しに大学まで来てくれたんだろ?」  今度はケンシロウが真っ赤になった。 「そ、そうだよ。全部アキトのせいなんだからな!」  ぶっきらぼうにそう答えて、かつ丼を再びかきこみ始めたケンシロウが可愛くて、アキトはそっと彼の背中に手を置いた。  アキトはケンシロウに連絡先を渡していない。  それでも、こうして必死でアキトの行方を捜してくれたケンシロウがこの上なくいじらしい。 「スマホ貸せよ」 「え? あ、うん」  アキトはケンシロウのスマートフォンを借り受けると、自分の連絡先を入れてやった。 「これで、いつでも連絡して来い。俺はもう、ケンシロウの前からいなくなったりしないから」  そう言いながらアキトがケンシロウにスマートフォンを返すと、ケンシロウがグイッと小指をアキトの目の前に突き出して来た。 「なら、ちゃんと約束して」  ケンシロウはアキトとの約束の証として、指切りげんまんをしたいらしい。  アキトの目はすっかり細くなってしまった。 「わかった。約束するよ」  二人は声を合わせて歌った。 『ゆーびきーりげーんまん、うそついたらはりせんぼんのーますっ! ゆーびきったっ!』  ケンシロウは満足気な様子でもう一度かつ丼に目を落とした。  だが、なかなか丼ぶりの中の残りを食べ進めようとしない。 「ケンシロウ?」  アキトが心配になって尋ねると、ケンシロウは顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうにアキトを見やった。 「アキト、残り食べてくれる……かな……」 「もしかして、もう腹いっぱいなのか?」  ケンシロウは更に顔を赤くしてコクリと頷いた。  あんなに全部食べ切れると豪語していた癖に、丼ぶりの中には半分もかつ丼が残されている。  それでも、綺麗にカツだけはなくなっているのだから笑ってしまう。 「仕方ないなぁ。貸せよ」  他の誰かなら決して白飯だけ残ったかつ丼など食べてやる気もしないが、ケンシロウ相手では話が別だ。  それに、ケンシロウの食べ残した丼ぶりを食べるというのは、間接キッスにもなるじゃないか!  アキトの心に(よこしま)な想いが過った。  だが、そんなことはおくびにも出さず、丼ぶりに残った白飯をかきこんだ。 「ったく。だから言っただろ? Lは大きいって。フルーツヨーグルトも食っといてやるから、そこに置いとけ」  本当は嬉しい癖に、ブツブツ文句を垂れながら丼ぶりを置くと、ケンシロウは実に幸せそうにフルーツヨーグルトを頬張っていた。 「おい、腹いっぱいじゃなかったのかよ!」  アキトがツッコむと、ケンシロウは得意気に笑って答えた。 「甘いモノは別腹だし!」  この天真爛漫な二十歳は、どうしても放っておけない可愛さがある。  どんなに我儘を言われても、好き勝手に振舞われても、ケンシロウだけは許してしまえるに違いない。  ケンシロウはフルーツヨーグルトをしっかりと完食し、手を合わせて「ご馳走様」をした。 「満足か?」 「うん。学食ってこんなに美味しいんだね!」  学食のかつ丼とフルーツヨーグルトでこんなに喜ぶやつをアキトは他に知らない。ケンシロウといると飽きることがなさそうだ。 「俺の研究室でも見学して行くか?」  アキトはそんなケンシロウにそう提案した。すると、ケンシロウはアキトの思った通り、目を輝かせた。 「行く行く! アキトが普段どんな所で研究しているのか気になるもん!」  二人は連れ立って歩き始めた。    アキトは自分の研究室だけではなく、普段何気なく送っている自分の日常をあれこれとケンシロウに見せたいと思った。  ケンシロウのことはいろいろ知ることが出来たが、自分のことも逆に知って欲しくなったのだ。  壁一面の本棚に並ぶ研究書の数々に感嘆の声を上げるケンシロウに、アキトはコーヒーを淹れてやった。  そして食後のコーヒーに一息つくケンシロウを相手に生い立ちから今まで生きて来た人生を、今取り組んでいる研究を、自分の全てを、この愛しい運命の番に打ち明けたのだった。
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