0人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
「さっちゃん、今日のメイクも素敵」
ともちゃんがやさしくほほえむと、観音様みたいに慈悲深い顔になる。
ちょっと笑っただけで、こんなに癒し効果のある顔になるなんて、ずるい。
私は一重なので、長めのマスカラを根元から丁寧に塗って、明るめの色のシャドウをふんわりたたいている。
ありがとう、とお礼を言い、コースターごとグラスを引き寄せ、ネイルにぶつからないようにストローをつまむと、そっと口につけた。
いきなりドアが乱暴に開いた。
「沙知、お前こんなところに来るな」
兄の勇輝が不機嫌そうな声を出して入ってきた。
店に入るなりこんな失礼で身勝手な暴言を吐くなんて、場所も相手も自分の思い通りになるとみなしているか、この瞬間、ただ頭に血が上りきっているかのどちらかだ。
せっかく、トモちゃんの柔らかくきらきらしたオーラで、楽しくうっとりした雰囲気になっていたところを、余計なことは一言も発せず、この人の気に入らないふるまいは一切許されないような、緊張した硬い空気にばっさりと変わった。それでも、
「あらあ、ユウちゃん」
と、トモちゃんはさっきと全く変わらない、うれしそうな声を出しておしぼりを渡す。
顔は不愛想のままでも、それを受け取る兄の手は優しげだった。
ここは、女性客の料金がやや高めに設定されているお店で、兄は私のお財布事情や夜の飲み屋での身の安全を心配しているのではなく、自分のテリトリーに妹である私が入ってくるのを不快に思っていることは明らかだ。
最初のコメントを投稿しよう!