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陽彩くんは下を向いたまま、
「でもその土、取れないと思うよ。俺のもほら」
黒いスラックスの膝を指でつまんだ。膝から脛にかけて土の色が白くグラデーションになっている。間の抜けた光景に、私の感情は正反対にぐるっと回った。
「あははっ! 私よりひどい!」
「困ったよねー。落ちるかなこれ」
陽彩くんは膝を叩く。乾いた砂と土がぽろぽろ落ちても土の色は付いたままだった。二人で膝を汚しているのがおかしくて笑ってしまう。相手は眞白じゃないのに。……私は、眞白によく似た相手と何で楽しく笑ってるんだろう。急に後ろめたい気持ちになって笑みを押し殺した。私は眞白じゃなきゃ駄目なんだ。楽しい気分になれるわけがない。
「伊吹さん」
陽彩くんの声が割り込んできてすぐに笑顔を作った。
「何?」
「仕事は大丈夫? 途中だった?」
何も知らない顔だ。そう、知るわけがない。眞白じゃないから。私は笑顔を張り付けたまま答えた。
「今、仕事探してるところなんだよね、あはは」顔の筋肉が引きつる。膝を叩きながら俯いた。
「そうなんだ。すごい。俺は会社辞めてから何も探してないよ。伊吹さんしっかりしてるね」
「全然だよ。今日も、うん、上手くいかなかったしさ。陽彩くんは何で仕事辞めたの?」
まずい質問だったか。言ってから思った。自分が深く突っ込まれたくなかったせいで、つい口が滑った。
「急に環境が変わっちゃったからね」陽彩くんは特に声色も変えずに何か不気味なくらいに淡々としていた。
「今の、第二の実家から職場まで遠いし、頭の整理もつかなかったからわけ分かんないまま辞めちゃった。どうやって辞めたかもあんまり覚えてないんだよね、実は」
第二の実家か。本当の親子なのに一番じゃないんだ。変な気分になった。
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