3.同じ、違う

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 母は双子のどっちを思い出しているのか、視線が天井を向いている。つまようじはしっかりとガリを突き刺していた。 「危なっかしくて、ご両親も目が離せないでしょうにね」 「子供じゃないんだから」 「あんた、ちゃんと見ててやんなさいよ」 「何で私が」  そう返して、あれ、と思った。間を繋ぐようにお茶を飲む。母も自分の言葉に違和感を覚えたのか「何でって」と言ったまま黙ってしまった。微妙な空気の後、母は何事も無かったように続けた。 「せっかく帰って来たんだから仲良くすれば? あんた友達少ないんだし」 「うるさい」  私はわざと()ねた風に言って、お茶を飲み干した。  母の気持ちも分かる。母も陽彩くんを眞白と同じように見ている。そして私も。つい比べて違うところを探そうとしている。  荷物の入った段ボールを()りながら数年ぶりに自分のベッドに身を横たえた。シーツも布団も洗濯してくれたらしく(ほこり)っぽさは無い。ほのかな洗剤の匂いを嗅ぎながら、母の言った言葉を繰り返す。危なっかしくて。そこには眞白のことが含まれていたのだろうか。  雨の日に自転車に乗って、見知らぬ場所の水路に落ちた眞白。同じことが二度も三度も起きるわけがない。そう思いながらも陽彩くんの、眞白によく似た顔と雰囲気を思い出すとじりじりした焦燥感が浮かんで消えなかった。  翌日の昼過ぎに目覚めて、母が作ってくれたうどんを食べた。ネギが入っていた。わざわざ切ってくれたらしい、その一手間を有難く感じる。  食べ終えてすぐ着替えて化粧をした。母に一言告げて家を出る。母は何も言わなかった。  昔から何度も何度も通った道を再び辿る。過去の記憶をなぞるように。もう二度と通わないと思った道を、今歩いている。  五年以上経っても眞白の家は変わらなかった。嬉しくもあり怖くもある。ここだけ時が止まっているみたいだ。  緊張で手が痙攣(けいれん)する。手を手で押さえて、インターホンのボタンを押した。耳慣れた重たい音がして「はーい、お待ちください」と眞白の母親の余所(よそ)行きの声を聞く。  怖い。怖い。心臓が痛い。反射的に逃げかけるも、先にドアが開かれた。 「ああ、伊吹ちゃん! ずいぶん綺麗になったわね!」  私は消え入りそうな声で「はい」と返事をした。怖くて腰が引ける。二度と来るはずの無かった場所に私はいる。  五年ぶりに見た眞白の母親は、急に老けたように見えた。唇に色がない。束ねた髪も薄くなっている。昔の、若々しく元気だった姿を知っている身からすると目をそらしたくなるほどだった。それなのに彼女は、昔と変わらないハキハキした様子で笑顔を向けた。 「ちょっと待っててね。今、眞白呼んでくるから」 「はっ……?」つい声が出た。母親はきょとんとしている。 「え? 違った? 眞白に用事があるんでしょう?」  眞白がいるわけない。何で当たり前みたいに言えるんだ。私が黙っているのに、彼女は元気よく「眞白!」と声を上げた。気分が悪くなる。  こんがらがった頭の中で、陽彩くんの話が一本の糸のようにすうっと出てきた。母さんは俺のこと眞白だと思ってるみたいだけどね。(とげ)のある言い方も思い出した。
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