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私は今驚いている。そして嬉しいのか悲しいのか、悔しいのか、混ざった感情をしている。その全部が顔には出ていない。真顔だ。鏡の中の私は健康そうで、社会に馴染もうと努力している色をしていた。
私は席に戻り、置いてあった冷水をすぐに飲み干した。改めて陽彩くんの顔をよく観察する。よく見ると同じじゃない。眞白より大人びている。眞白が今も生きていたら、こんな顔なんだろう。物を見るような私の視線を陽彩くんは受け止め続けていた。「じろじろ見てごめん」謝って空のグラスを見下ろす。さっき、と彼が言った。
「俺、道に迷っちゃってさ」
困った様子も無くそう言って、店内をきょろきょろ見回した。何か珍しいものでもあるのだろうか。落ち着きがない。
「本当は公園に行こうと思ったんだけど」
「一つ隣の通りじゃない?」
指摘すると、私を見た。
「あ、そうなんだ」
と陽彩くんは申し訳なさそうに笑みを浮かべて、店員が運んできたコーヒーの湯気を見つめた。私がその顔をつぶさに観察しているせいで視線の置き場に困っているのかもしれない、と思い至った。思い至って目をそらしたが、また戻す。正面に座る相手を見ないのも変な話だ。
四人掛けのテーブルに二人で座って、広いテーブルには飲み物が乗っているだけ。空白が多く、私と彼の間には見えない時間の壁があった。眞白の双子なら、陽彩くんも私と同い年だ。同じ時間を生きてきたのにまるで世界が違う。それでいながら同じだと感じてしまう。眞白もよく迷子になった。眞白もいつもコーヒーを頼んでいた。目の前にいるのは違う人間なのに、時間が巻き戻ったような気味の悪さを覚えた。
私はメニューも見ずに注文したコーラのストローを弄んだ。炭酸が飛ばす水滴が指に付いて、生き物じみて感じる。
「俺と眞白、やっぱり似てる?」
グラスがぐわんと円を描いた。慌てて両手で抑える。彼の顔色を窺うも、コーヒーに視線が落ちていて私に興味を持っているようには見えなかった。
「正直に言っていいよ。何も気にしないから」
陽彩くんはそう言ってカップに口を付けた。興味本位で聞きたかっただけか。コーラはしゅわしゅわと小さな飛沫を飛ばしている。私は言った。
「ちょっと、似てる」
「ちょっとなんだ? 母さんは俺のこと眞白だと思ってるみたいだけどね」
「母さんって」
少し棘があるように聞こえたのは私の聞き間違いだろうか。ただオウム返しにしただけの私の言葉を、陽彩くんは疑問と取ったのか「ああ」と合点がいった風の声を上げた。
「眞白と俺の母さん、って言えば分かる? 眞白と一緒に住んでた方の母さん」
言い回しが変だ。私はどこから聞けばいいのか、ひとまず一から質問をした。
「陽彩くんは今までどうしてたの? 私、眞白が双子ってことも、弟がいるってことも知らなかったけど」
「俺はずっと、母さんのお姉さんの家で家族として暮らしてた。俺も自分が双子ってことも、お兄さんがいることも、本当の家族がいることも知らなかったよ」
陽彩くんはカップをゆっくり下ろして「びっくりだよね」と息を吐いた。本当にびっくりだ。ドラマでよく見る話が身近に転がっているとは思ってもみなかった。当人にしたらフィクションでも冗談でも無いのに私にはどこか嘘臭く感じて、しかし彼の顔を見ると現実なのだと認めるしかなかった。何度見ても眞白だと思ってぎくっとしてしまう。
「別に隠すことじゃないから言うけど、母さんは心が不安定で、双子の俺たちを見てパニックになったんだってさ。それで見かねた母さんのお姉さんが俺を引き取った。……俺も、自分の家族が普通じゃないのは何となく気付いてたけど、双子とか、そんなのまではさすがにね」
陽彩くんは淡々としていた。まるで他人の話をするみたいに、役所とかで必要に駆られて家族の事情を話すような感じだった。
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