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そうなんだ、と中身のない相槌を返して頷く。私に何か言えるわけもない。自分から聞いておきながら、何故私に家庭の事情を話すのだろうと思った。私はもう眞白の家とは関わっていないのに。今更私にはどうしようもないのに。
私の反応が肩透かしだったのか、彼は間を置いてから静かに話を続けた。
「それで……ええと、俺を育ててくれた方の母さんが死んだんだ」
「え! えっ、と、そうなんだ」
驚いて声を出した挙句また同じ相槌を打ってしまった。陽彩くんは少し嬉しそうに口元を緩めた。
「育ててくれた母さんの葬式で本当の母さんに会って、眞白って呼ばれて、それ以来ずっと俺は眞白のふりして暮らしてる」
「眞白のふりって。え?」
さっきから同じ言葉を繰り返すことしかしていない。陽彩くんは私にそれ以上の反応の隙を与えず続けざまに言った。
「本当の母さんは俺のこと眞白だと思い込んでるみたい。全然意味分かんないまま俺、本当の家族のところに住んでるんだよ。意味分かんないよね」
意味分かんないを二回も言った。自棄になったような口調で、彼はただ誰かに話したかっただけなのだとやっと気付いた。
「俺は眞白じゃないのにね。伊吹……さん、みたいな彼女もいないし」
名前を呼ばれるとドキッとする。柔らかい風みたいな言い方。いぶき、と呼ぶ眞白の姿が脳に焼き付いた。
陽彩くんはここで何か思い出すみたいに表情を緩めた。
「本当の母さんが、伊吹ちゃんに会いに行かないのって言ってきてさ。彼女がいるとか羨ましいなーって、それで一回、会ってみたくて」
カップに向けていた視線を一瞬だけ私に向けて、また手元に戻した。私の実家に行って、わざわざ私の居場所を聞いて来たのだと言った。会ったこともない他人にそうまでして会いに来る理由が分からなかった。
「行動力あるね」思わず皮肉っぽく言ってしまった。彼は気まずそうに、
「実は今日会うつもりは無かったんだよ。本当に、うっかりというか」
公園に行こうと、という先の発言を思い返してああ、と相槌にもならない声を返した。陽彩くんは片方だけ口端を上げ、笑うような口元で言葉を継いだ。
「本当は、ちょっとからかうつもりだった、んだけど。怖かったでしょ? ごめんね」
それが本音か。私はついしかめ面になった。簡単な謝罪程度で許せることじゃない。からかうつもり、とか軽く言って人の気持ちも知らないで。私は怒りの感情が沸きかけたもののすぐに萎んだ。眞白と似た顔で「家に居辛くてさ」と続けたからだ。私は黙った。彼は本当の家族の下で双子の兄のふりをして暮らしている、そんな話も聞いていたからだ。ただ黙っていた。
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