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「あんた、何で電話出ないの。陽彩くんには会った? あの子、会うつもりはないって言ってたけど、伊吹に興味津々だったからもしかしたらと思って」
「会ったら何」
「会ったの!?」
母は声を裏返している。私の方が驚いてしまった。
「あ、会ったけど……」
「大丈夫?」
「別に? 大丈夫」
強がった。本当はあんまり大丈夫じゃない。体を起こして、ベッドの縁に腰かけた。
「てか、何で陽彩くんに住所教えたの?」
「全部は教えてない。この辺りに住んでるみたい、ぐらいしか言ってないから。それで会えるなんて思わなかった。信じらんないわ」
会わせたくなかったのかな、とぼんやり思った。母の声には非難するような響きがあった。それがほんの少し、嫌だなと思った。
道に迷った挙句会ったんだと伝えると母は感心した声を漏らした。
「はあー。そういうところも眞白くんにそっくりなんだ? よく眞白くんも迷子になるって言ってたもんね?」
「そうなんだよねー。変な感じ」
「ところであんた、今日仕事は?」
急に痛いところを突かれた。仕事をしていれば水曜日の昼間に電話なんてできない。寝起きのせいでそこまで頭が回っていなかった。目を泳がせながら咄嗟に嘘を吐く。
「休み取ったの」
「……そう。まあ、そうね。あんまり無理しないようにね」
母は良い感じに勘違いをしてくれたらしく、それ以上深入りはしてこなかった。
電話を切りベッドに倒れた。一気に疲れが溢れる。しかし空腹ばかりはどうしようもない。
スーパーで半額になっていた焼きそば麺とキャベツで焼きそばを作って食べた。やるべきことを終えると無気力になる。皿を片付けもせずスマホで眞白の写真を眺めた。
写真の中の眞白は嬉しそうに笑っている。何の時の写真だったか。高校の時の制服を着ているから、たぶん学校帰りに撮ったものだ。特別なものじゃなく、当たり前に続いていた毎日の中の一枚だった。今はもう戻らない日々の。次の写真では、眞白がカメラ目線で手を伸ばしていた。私の盗み撮りがバレて、それでも私はシャッターを切ったのだろう。
私の実家でそうめんを食べながらピースをする眞白。学校の昼食の時間、私が作った卵焼きを自慢げにカメラに見せている眞白。友達のジャージを間違えて着て、袖の長さが合っていない眞白。大学の合格発表を見た後、私と一緒に笑ってる眞白。
そうだ、眞白はこんな顔だった。記憶に修正がかかっていく。陽彩くんの顔を見ていると眞白の顔が分からなくなってしまう。似ている、同じ、でもやっぱり違う。陽彩くんの顔は眞白より大人びている。高校生のまま時間が止まっている眞白とは違う。
眞白が死んだ日のことを思い出してしまった。インターホンが壊れるくらいにしつこく鳴って、焦った母の声が聞こえて、私は部屋を出て……。
トイレに駆け込んで床に座る。いっそ吐いてしまえたら楽なのに吐くところまではいかない。嫌な気持ちが胸にわだかまっている。涙も出なければ、吐くこともできない。こんなに気持ち悪くて最悪なのに。どうすればいいのか。蹲って息を吐き出した。
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