2.眞白みたいに

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2.眞白みたいに

 空気が寒々しい。スーツを着た面接官は、履歴書を見下ろして居住まいを正すと私を見た。眠そうな目元。私に興味が無さそうな視線。そう感じるのは卑屈すぎるだろうか。 「名波さんは、どうして大学を途中で辞められたんですか?」  相手を気負わせないようにか柔らかく気を使った言い方をしていた。私は息を吸って、そのまま吐き出した。また吸って、今度は止める。  大学で学びたかったこととやりたいことが結びつかず、と頭の中の私は繰り返し言っているのに、現実の私はうんともすんとも言わない。答えられない間が延びて、気まずくなって苦笑いを浮かべた。笑い声に似せた(うめ)きを絞り出す。(ひざ)の上で握った拳が震えた。  その後も引きずってしまい、何を聞かれても全てどもってしまった。嫌な汗が出て、合間を繋ぐように額を搔いてみせたりして。最後は逃げるように頭を下げて部屋を出た。  落ちたな。私は苦笑いを張り付けたまま御社を出て、用もないのにコンビニに入った。  昼間だというのに電灯が明るい店内で、冷房の風と店内放送を聞いてぼーっとした。客は私しかいないのに、店員が、コロッケが揚がったばかりだと声を張り上げている。店員の視線を感じる気がして適当にペットボトルのジュースを掴み、考え直して、一番安い麦茶を買った。たかが数十円の差が気になる。コンビニの商品が高く感じる。学生の時は何も考えずに買っていたのにといじけた気持ちになってしまった。  コンビニを出て現実に立ち返る。十月になると涼しく感じる日もあった。しかし今日は暑い。ほとんど真夏日だった。台風が発生したとかいうニュースも見た気がする。  まだ夏なのだろうか。麦茶を飲む。香ばしい匂いが鼻を通ると、昔の記憶が(よみがえ)った。スイカの味や安いアイスの味を思い出す。何をしているんだろう私は。無駄遣いまでして。ペットボトルの(ふた)をぎゅっと閉めてバッグにしまった。  太陽の熱に身を晒す。面接での羞恥を焼いて落とそうとした。苦笑いを浮かべて、意味の無い声を上げる私。それに一切触れずに淡々と質問を繰り返す面接官。拷問みたいだった。  面接、頭の中で何度も練習したのに、その時はすらすら言えたのに、本番は駄目だった。この一か月で三社受けて上手くできたのは一社目だけ。面接官の女の人もにこやかに対応してくれたのに内定はもらえなかった。  化粧の下から汗が(にじ)む。馬鹿みたいだ。就職も、そのためにする面接も。どうせ後は死ぬだけなのに、上手に面接ができたから何だって言うんだ。どうせ人はみんな死ぬのに。私は早く死にたいのに。  どこかに用事があるような足取りで、どこに行く気にもなれず歩いていた。日陰を求め街路樹の多い歩道を選ぶ。立ち並んだ店の扉が開く度に冷房の風が肌を撫でた。一瞬汗が引きそうになって、また吹き出てくる。  私はどこに向かってるんだろう。立ち止まることも出来ずに歩き続けて、近くに公園があったのを思い出した。
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