初めてのお泊まり

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初めてのお泊まり

 転生した魔王と運命(?)的な再会を果たした昨日。こんな時こそ落ち着いてしっかり眠るんだ…なんて出来る訳なく目はガン開いて一睡も出来なかった。朝、母親にはぎょっとした顔をされたのは言うまでもない。学校に着くなり友達にもとても心配された。 「遥…?大丈夫か?」 「あぁ…うん。とてつもなく眠い…。」 「先生には言っておくから少し保健室行ってこいよ。」  小学校からの付き合いである渡辺孝明(わたなべたかあき)。今となっては親より過保護に成長してしまった親友だ。   孝明にほぼ強引に保健室に連れていかれたが、保健室に着いてベッドに横になるなり俺は直ぐ眠りについてしまった。 ――――――――― ――――――  とても懐かしい夢を見た。それは前世の記憶。恐らくこの時は俺が一人で魔王の領域に行った時。すごい綺麗な湖を見つけた時の記憶。確か魔王討伐の旅が始まる前にふらっと様子を見に行った事があった。  その途中で綺麗に輝く湖を見つけて、水に足を浸ける。夜というのもあって暗い森の中にこんな輝く湖があれば誰だって寄ってしまうだろう。 「きもち…。」  『勇者』なんてものに選ばれ、魔王を討つべく旅の準備が着々と進められている中、当の本人は一人でこんな所まで来てしまっている。魔王の領域でこんな堂々と。仲間に知られたらかなり大騒ぎになるだろう。だから皆が寝静まった時に少しだけやって来た。 「…そうだな。まさか勇者が一人でこんな場所に来るとは思うまい。」  不意に愉快そうな声が聞こえ目線を向けると、湖の真ん中に一人の男が降り立ってきた。漆黒の長い髪に禍々しい程の赤い瞳。黒い服に身を包んだ男からは妙な魔力が感じられた。 「あんたこそ、魔力を抑えながらやってくるなんてお忍びか?魔王。」  そう問いかけると男は「クックック…。」と実に楽しそうに零した。そして俺に近付いてきて片方の手で顎をくいっと持ち上げまじまじと観察される。 「ふむ…今代の勇者は男にしては顔が良すぎるな。」 「魔王様に褒めて頂くなんて光栄だな。態々来た甲斐があったよ。」 「…勇者の気配がしたら来ざるを得ないだろう。」 「おかしいな。俺も気配を殺してきたはずなんだけどバレちゃってたか。」 「よく言う。我だけに気付くようにしておったくせに。」  不服そうに言うくせに相変わらず笑みを見せる魔王に、俺は乾いた笑いが出る。実は自分が来たら魔王がやって来るんじゃないかとも思っていた。俺と言う勇者が誕生した時から魔王は俺の存在感を常に感知し、逆も然りで俺も魔王の存在感を常に感じ取っている。不気味なほどお互いの存在を常に感じるのだ。 「俺、勇者なんてのに選ばれてあんたを倒さないといけないそうだ。」 「フッ。人間は相変わらず愚かだ。勇者にしか頼れないとは。それにしても、お前は勇者に選ばれた事が嫌そうだな?」 「当たり前だろ。俺はただの気ままの流浪の旅人だったんだ。何かに縛られるなんて御免だ。…だが逃げきれそうにもないんでね。諦めた。」  呆れたように肩をすくめると魔王はきょとんとした。そして直ぐ面白そうに声を上げる。 「中々に愉快ではないか。…だが今まで何人もの勇者を見てきたがお前ほど神に愛されている人間は初めてだ。選ばれるべくして生まれた人間だろうよ。」 「げ…何だそれ。」  実に嬉しくない。神に愛されていようがどうだろうと、今まで神が俺に何かしてくれた事なんてない癖に勇者なんて重荷をくれやがってむしろ嫌われているんじゃないかとすら思えたほどだ。 「あんたが大人しくしてくれたら俺も勇者なんてやらずに済むんだけど。」 「それは無理な話だ。我は自分の物を取り戻そうとしているだけ。何故人間などに譲らねばならない。」 「あ、そ。まあそれもそうか。」 「帰るのか?」 「俺はただ目的のあんたがどんなのか見に来ただけだし。それに、俺がちょっとでも傍に居ないと直ぐ勘付く奴が居るんだよ。」 「恋人か?」 「恋人より厄介だ。」 「クス…妬けるな。」 「安心しろよ。勇者のうちはあんたに釘付けだ。」  そんな冗談を交わして湖に浸けていた足を上げ、布でふき取り靴を履く。そして魔王を背にして帰ろうとした時ー 「勇者よ、我の所有物にならないか?」 「…何故?」 「我はお前が気に入った。」 「はっ…折角の申し出だが丁重にお断りするぜ。俺は、人間として生きたいんで。」  また冗談かと思い軽くあしらいそのまま俺は魔王の領域から出て行った。その時、去り際に魔王の方を見たが…どんな表情をしてたかは分からなかった…というより黒く塗りつぶされて思い出せない。 ―――――― ――――――――――  ゆっくりと目を開けると保健室の天井がまず視界に入った。とても懐かしい夢を見てしばらく余韻に浸る。そういえばそんな事もあった。しかもあの後。抜け出したことがバレて神官と魔法師に散々説教を食らったのだ。  それにしても、こっちの世界に生まれてから夢で前世の事なんて見た事無かったのに…、やはり魔王と再会したのが鍵になったのだろうか。  身体を起こすと傍らに孝明がベッドに顔を埋めて寝息を立てていた。  もしかしてずっと居てくれたのか…? 「孝明…?おーい…。」 「………んぁ?あ、やっと起きたなこの眠り姫。」 「いや、お前授業出なくていいのか?」 「はぁ。授業どころかもう放課後なんですけど?」 「えっ。」  えええ!?  窓の方を勢いよく見ると、夕焼け色の空にカラスがカァーと鳴いている。これはまごう事無き学校が終わっているぞ。がっつり半日分も寝てしまっていたようだ。  その後、起きるまで付き添ってくれた孝明は部長にも俺の事を伝えておいてくれたらしく、今日はもう帰って休めとの伝言を預かったそうだ。流石に行っても迷惑かと思い、俺はそのまま帰宅する事にした。  いろんな人に迷惑をかけてしまったな…。 「ただいま。」 「あらーおかえり遥!」  ん?…何か見た事ある子供の靴だな…。というか昨日見たものだな。 「遥!」 「おっ…!」  勢いよく走って来る音と共にリビングから現れた臣都。しかも何故か既に呼び捨てになっているという。反射で身構えてしまったが、相手は9歳相手は9歳…と念仏みたいに唱えて落ち着こうとしたのだった。 「遅かったな、遥。待ちくたびれたぞ。」 「いや、俺も学校があるんだって…。」 「ふん。」  拗ねられても困るんだが?というか何で臣都が家に居るんだ? 「ああ、早速ね黒峰さんが抜けられない仕事が出来てしまったそうなの~。臣都君がどうしてもうちに来たいって言ったらしくて今日うちに泊まる事になったのよ。だから、しっかり面倒見てあげてね!」  まじかよ…。昨日の今日でか。 「あ、そうだ。ご飯まだかかるから先にお風呂入ってきて頂戴。」 「え、一緒に…?」 「え?そうよ?別に恥ずかしい事なんてないじゃなーい。」  まぁ男同士だし…子供だし恥ずかしいとかは無いけど…魔王と風呂…。 「はぁ…臣都。パンツとかは?」 「かばんの中にある。」 「取ってこい。先に風呂入れだとよ。」 「……一緒に入るのか?」  ん?何をそんなに驚いているんだ?まさかその年でもう誰かと入るのが嫌とでも言うのだろうか? 「まあ…そのつもりだったけど嫌ならお前一人で入っても…」 「いや!一緒に入る!」 「あ、そう…。」  そんな意気込むほど嫌なのか…?  その後、臣都は急いで下着を持ってきて俺と一緒に風呂場に向かった。何故か服を脱いでる時にガン見されていたが気にしないようにして入る。髪も体も洗って臣都と湯に浸かっているとふと前世の魔王の姿がチラついた。  今目の前に居るのは紛れもない人間の9歳の男の子。9歳にしてはやたら落ち着いてるし変な言動も多いが…。  でもまさか前世魔王の奴と一緒に風呂を入る事になるとは…何が起こるか分からないものだな。  それにしても臣都が俺の事をじっと見たり逸らしたりとさっきから挙動が不審なんだけど。 「…俺の体になんかついてる?」 「い、いや…実にいい体だと思う。我の好みだ。」 「何急に…。」 「…ただ、さっきからムズムズするのだ…。」  何がムズムズ…と聞こうとして瞬時に理解した。臣都が下半身を隠すように身を捩っているのだ。俺も男だし生理現象だから仕方ないとは思うが…何がきっかけでそうなった?  というかこの年ってもう精通してんのか…? 「遥…我はどうしたのだ?遥の体を見てたらどんどん…!」 「分かった分かった!もう言わなくていい!大丈夫だ!」 「これはどうしたらいいんだ!?」 「…臣都、それを治すために一番嫌い、気持ち悪いと思う人でも物でもなんでもいい。ひたすら思い浮かべろ。」 「嫌い…気持ち悪い…。」  それから数分して何とか落ち着いてきたらしい臣都はまじまじと自分の息子を見ている。俺はその光景を複雑な気持ちで見ているというなんとも可笑しな光景。 「取り敢えず治って良かったな。」 「うむ…ドロドロの爺を思い出してしまうなんて凄い不服ではあるが…。」  そのドロドロの爺って、もしかして前世で魔王軍のヘドロの悪魔ドロゲスの事を言ってるのか…?  確かにあれは見た目は気持ち悪いし腐敗の匂いがしてた…。そんでもって魔王にその身を捧げたいと迫っていたらしい噂を聞いたが本当なんだろうか…。  にしてもそいつを思い浮かべるなんてよっぽど嫌だったんだな…。 「遥はムズムズしないのか?」 「俺は可愛い巨乳の女の子にしかムズムズしないから大丈夫だ。」 「…そうか…。」  それから風呂を出た俺達は、普通に夜ご飯を食べてテレビを見て歯を磨いてもう寝ようかという時母親から衝撃の一言が。 「せっかくだから、遥。臣都君と一緒に寝てあげて。」 「……は?」 「その方が臣都君も寂しくないでしょ?」  な ん だ っ て? 「いやいや、俺寝相悪いし…。」 「あなた寝相とても良いじゃない~。」 「いびきが煩くて臣都が寝れないかも…。」 「いびきなんて聞いたことないわ~。」  ーと、色々微々たる抵抗をしてみたがどうやら一緒に寝るしかないらしい。臣都はさも自分のベッドかのように俺のベッドに入っていった。  どうしてそんな堂々としてるか分からない。仕方ない…今日は安眠できますように。  俺は臣都に背を向けて、横向きで眠ることにした。臣都には悪いが、やっぱりまだ魔王との確執に本能が警戒してしまっているのだ。これじゃあ今日も寝れそうに無いな。  前世も戦い続きでずっと気を張っていたから寝れない日なんて連続だったし。目だけ閉じていると後ろから臣都が抱き着いてきた。 「…!?臣都…?」 「…遥は我の事が嫌いか…?」  え…? 「昨日から我と目を合わそうともしない…話をするのも嫌そうだ。」 「そ、れは…」  そんなに露骨に出てしまっていたのか…?一応隠していたつもりなんだけど…。 「我は遥が好きだ。昨日初めて見た時から心臓が五月蠅いのだ。それから遥に会うと嬉しくなるんだ。」  …それはよく分からない。俺と魔王は因縁の相手のはずだ。嬉しくなるってどういうことだ…? 「…別に嫌いって訳じゃない…。元々子供は苦手なんだ。」  ちょっと苦しい言い訳だが、正直に言うわけにもいかないし。 「それにちょっと寝不足で…ごめんな。」  臣都の方をチラ…と見ると、それはもう真剣な眼差しで…でもそれは過去に見た事がある。魔王の…ただ俺だけを見ている時の目。  なんだか気まずくてまた反対を見ると臣都の小さな手が俺の視界を覆った。 「!?何っ…。」  その瞬間、俺は急にとてつもない眠気に襲われてあっさりと眠りに落ちたのだった。 ―――――― ―――― ――  少しだけ残ってる『力』を使えば、直ぐに隣から小さな寝息が聞こえた。こんなに直ぐ眠るなんて寝不足というのは本当だったようだ。  それにしても、自分を警戒しているというのがバレバレだ。こんな人畜無害の人間の子供になったというのに、何を警戒することがあるのだろうか。相も変わらずその不器用さに愛しさが増す。 「…しかし、今度はお前が年上になるとはな…。」  目にかかっている前髪を優しく梳いてまじまじとその顔を堪能する。今世にまで神に愛されているような容姿だ。まあ確かに、こいつの親ともいえる人間もそれなりに美形だから当然といえばそうなのだろうが。  純真な子供のフリでもして、懐いてやろうかと思えば前世と同じく守りが固すぎる。まぁ時間はまだある。取り合えず、害の無い子供という()を植え込まなければ。  寝顔をじっくり堪能した少年は、その隣で自分も眠ることとした。
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