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かつての因縁の相手は9歳の子供のようだ
中学二年生。それは、思春期真っ盛りの大成長期。もうすぐ夏に入るという時期。俺はいつも通り部活に向かっていた。前世に勇者の記憶を持つ俺は、今世は弓道を学び始めた。前世で散々剣を極め振り回して来た俺は、生まれ変わった今度の人生、剣の類には関わらない事を決めたのだった。
弓道場へ着くと何人かの部員がもう既に来ていた。
「こんにちは。」
「あ、藤無君やほ。」
「藤無先輩こんにちは。」
「あ、こんにちは…。」
なんか後輩が出来るって変な感じ…。前世でもそうだったけど、俺は誰かに指示したりするのが苦手なので後輩にはちょっと不愛想な先輩像の印象だ。前世の時はパーティを組んで戦いに行っていて、常に俺をサポートしてくれてた神官が色々指示したりしてくれていた。
…ので、勇者と言っても漫画などでよくある志高い熱血勇者でも心優しく誰にでも愛される勇者なのではなく、ただ敵を屠るだけの剣として生きていた。
だというのに、前世はまあ置いておいて今世は笑顔で挨拶してくれる後輩ばかりで若干照れるというか…。
「うんうん。はるちゃんは照屋さんだもんね~。」
「うわ、東屋先輩…急に乗っかって来ないでって何回言えばいいんすか。」
「えー、だってはるちゃんの背って乗っかりやすいというか~。」
「俺だって直ぐ伸びるし!」
さり気にチビって言ったな!俺は普通より高い方で、先輩達がでかすぎるだけなんだ。
いつもこうやって茶化してくる東屋透先輩。一年の時に俺の教育係になってから仲良くしてくれてる人。こうやってふざけてる事が多い人だが、実力は全国行くほど強いから影で尊敬はしている。
それから俺は弓道着に着替え自分の弓を持って練習が始まるのを待った。その日も普段通り練習メニューをこなしていた。「藤無くーん!頑張れー!」「ファイトー!」…などの声援もいつも通りなのでスルーして今日の部活が終った。
「今日も凄かったね~はるちゃんコール。」
「止めてくれって言ってるんですけどね…。」
「まぁ仕方がないんじゃないか?藤無のような顔は。」
部長の高垣先輩が呆れ顔で言う。どうやら、俺の今世の顔はこの世界では美人と言うらしい。前世の感覚でいたからよく分かってなかったが、そういう事だそうだ。
「では、お疲れ様でした。」
「じゃーねー。」
「また明日。」
途中で先輩達とは別れ俺は帰路を歩いた。いつも通り学校で授業を受け、母が作ってくれた弁当を食べ、いつも通り部活をしていつも通りの帰り道を歩いている。
…のだが、家に近付くにつれて何か嫌な予感というか…胸がモヤモヤしてくる。胸騒ぎ?というのだろうか。
悶々としていると家に着いた。夕方なので父ももう帰っているようだ。車が戻ってきてる。玄関を開けると、そこには自分達家族以外の靴が三人分置いてあった。靴のサイズ的に子供も居るようだ。
「…ただいま。」
「あっ、遥!おかえりー。ちょっとこっち来てー!」
リビングからいつもの陽気な母の声が聞こえ言われた通りそちらに向かう。ただ心臓はどんどん煩くなっていく。しかも、どこかで感じた事のある気配を微々たるものだが僅かに肌に感じた。
リビングに行くと、俺に背を向けて女の人と男の人、そして手前に小さい男の子がソファに座っているのが見えた。
………誰だ?
「さっき話したうちの息子の遥です!遥、こちら隣の家に越して来た黒峰さん達よ。ご挨拶して。」
そして男の子がくるっとこちらを向いた。その瞬間俺は心臓が止まる勢いで呼吸をするのを忘れた。
自分の直感がー魂が全身が叫んだー
ー魔王ーと。
「……遥?どうしたの?」
「…っ!あ…ごめん。びっくりして…初めまして藤無遥です…。」
「あら。お話よりとてもカッコいい息子さんですね。ね?あなた。」
「そうだね。芸能人にも居そうなくらいカッコいいですね。」
「やだ~もう~私が喜んじゃう!」
上品な女の人と男の人がこれまた上品に笑う。母の大笑いとは大違いだ。
…いや、そんな事より!魔王…だって…!?何で突然そんな…でも確かにこれは魔王の気配だ…。前世であれだけあいつと戦って忘れる訳がない。それにあいつは…魔王は俺が確かに殺した。それが何故ここに!?もしかしてこいつも転生したりしたのか!?
俺が必死に表情を繕いながら頭をフル回転している最中、魔王の気配がする男の子はひたすら俺をガン見している。何故か俺も負けずと視線を外せずいるんだが…どうしたらいい!?
「あらまあ、臣都は遥君の事が気に入ったようね。」
「え?」
「確かに。この子がこんなに興味を示す事があるなんてなぁ。」
いや…なに微笑ましく全然微笑ましくない事を仰るのかこの夫婦。母に至ってはウンウンとにこやかに頷いている。
「それでね遥。黒峰さん夫婦が仕事で家を空ける事が多いらしくて。今まで二人が居ない時家政婦さんにお願いしてたそうなんだけど、うちには遥も居るし、家政婦さんよりうちで預かる話をしてたんだけど~。」
「え?」
「でも、しょっちゅうは申し訳ないのでどうしようも無い時だけで大丈夫です。」
「いいのよ~遠慮しないで!遥にも弟ができるようなものだし逆に私は嬉しいわ!臣都君も遥を気に入ってくれたなら大丈夫だと思うし。」
母よ。何を勝手に話を進めているのかね。父は何故何も言わない!?
と、思いカウンターテーブルの椅子に座ってこちらを眺めてる父の方を見ると母の親切心が爆発してるのを満足そうにしていた。何が、コクリ…何だ?
すると、今まで黙っていた男の子ー臣都がソファから立ち上がり母に向け手をバッと向ける。
「良い心がけだ。我はお主の提案を受け入れよう。褒めて遣わす人間。」
その瞬間全員の目が点になった。俺以外。俺はただ一言…「この喋り方は魔王だ…。」と心の中で思って額に手を当て項垂れた。確信を得た瞬間でもあった。
「ごめんなさい。何のか分からないのだけれど、何かのアニメの影響らしくて…。」
気にしないでくださいと、困ったように笑う臣都母。いやいやいや、それは簡単に流してはいけないものだ。気付いてお願い。
「遥にもそんな頃があったわよ~。5歳の時に、せいけん?はどこだって何回も聞いてきたりして。何かと影響を受ける年頃ってあるわよね~。」
ぬあああああ恥ずかしい事をサラッというなあああああ!!それは物心がはっきりしてきて前世のことをちょっとずつ理解してる段階だったんだから!…っは!今ので魔王はどんな反応を…!?
「この菓子は上手いな。また作ると良い。」
「嬉しい~。ありがとう臣都君。」
ぜんっぜん気にしてない!?嘘だろ!?和んでるし!…というか俺が元勇者って気付いてない…?
「…俺部屋行って着替えてくる…。」
「ああ、うん。」
これはよく、とてもよく考える時間が必要だ…。
現実じゃなく夢…?と思考を逸らしたいが今でもしっかり魔王の気配を感じ取っている。魔王は転生した。しかも自分と同じこの世界の日本で。転生しているという事は俺は確実に前世で魔王を殺したことになる。俺は自分の使命を全うして死んだ…という事であっているはずだ。
魔王も生きてる者だから転生するのは、輪廻の輪に当てはまるのは分かる。…が、よりによって俺と同じこの世界で転生するのは単なる偶然にしては…。
もしかして今度はこの世界に災いを持ってきた…なんて事もあるのか…?
考えながら着替えているとガチャリと扉が開く音が聞こえ振り向くと、我が物顔で魔王が部屋に入って来た。
「…っ!?ま…!」
いや、待て…!気配は魔王だが…相手はただの9歳の小学生!身構えるな自分…!俺は13歳!
「ど、どうしたのかな…?えと…臣都君…?」
「…遥。」
おい。いきなり呼び捨てかコラ。
「我を知ってるか?」
「…!」
これは…どっちだ…?俺を勇者と気付いての問いかけか、ただのブラフか…。俺が気付いたように向こうも気付いてるかもしれないが…殺された相手でもあり因縁の相手である俺に対してこんな落ち着いてられる性格では無かったはずだ。
ただ前世での繋がりを感じての問いかけかもしれない。どんな意図があってそんな事を聞いてきたのか分からないが、俺が出す答えは一つ。
「今日初めて会ったと思うけど、どっかですれ違ったりしたかな?」
俺は全く知りませんで突き通す。今世は平穏に過ごしたい。それに、この世界には魔力が無いからいくら前世が魔王でも今は何も出来ない子供だろう。
取り敢えずは大丈夫なはずだ。だから俺は極力関わらない事に決めた。
「ふむ…。遥、脱げ。」
「…………エッ?」
脱げって言ったかこのガキ。
「いや、何で…。」
「いいから。」
急に真剣な目をして詰め寄ってくる臣都。見上げてくる形だが、その表情はひどく真剣で断れそうになかった。
やれやれと上着を脱ぐと「そこに座れ。」とベッドを指差される。言われた通りベッドに座ると臣都もよじ登ってきて俺の心臓上に直に手を乗せて来た。俺はその行動にビクッと身体を強張らせる。ふつうの9歳はしない顔に、緊張が走る。
まさか…魔法が使えるとか無いよな…?
「……ま、それもそうか…。もう良い。」
臣都はそれだけ言うと部屋から出て行った。俺は唖然として扉の方を暫く眺める。一体何だったのか。何をしたかったのか…何かを確かめたかったのか?でもあの様子だと、特に何も分からなかったようだ。
「何だったんだ…?」
その後、着替えて下に行くと丁度黒峰家族が帰る所だった。軽く挨拶をして玄関で見送った。臣都が玄関から出る前にこちらを見ていた気がしたが特に気にしない事にした。
まさか前世の因縁の相手が自分と同じ世界に転生して隣の家に引っ越してきて9歳の子供の姿で現れるとは……。
夜。風呂に入っていた時さっきの事をふと思い出し、臣都が触れた胸元に手を這わす。
「………あ…。」
そこで思い出した。臣都が触れた場所は、魔王との決戦の時…魔王の剣が貫いた場所だと。
たまたまなのか、どうなのか。俺は湯船に顔を埋めた。
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