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夜空に咲く
教壇に立つ先生は言った。
「明日から夏休みだからって、浮かれるじゃないぞー」
「はーい」
チャイムの音とカブるように皆は返事をして、身支度をして帰っていく。
「一希、帰ろうぜ!」
「ごめん、今日はパス!またな!」
友人の勇太はそう言ってきたけど、今日だけは断わった。僕にとって、とても譲れない大切な約束があるからだ。
スクールカバンを肩にかけ、急いで教室を出ると、窓際に立つ男女の2人が視界に入った。体をクネクネさせながら彼女は彼に何かを語りかけている。
「……今日の花火大会、楽しみだね」
「……そうだね」
少し照れながら嬉しそうに会話する2人の横を通りすぎ、階段を素早く降りて昇降口に向かった僕は、シューズロッカーからスニーカーを取り出して上履きと履き替えると、急いで昇降口を飛び出した。
帰宅する大勢の生徒の間を器用に通り抜け校門を出ると、目の前には今から乗ろうとしていたバスがすでにバス停に到着していた。
僕は急いでそのバスに駆け寄り整理券を取って乗車し、最後尾の席に向かって進むと、一番端にある窓際の席に腰を下ろした。
「発車します」
アナウンスの音と同時に乗車口のドアが閉まるとバスは「海が丘総合病院行き」の行先表示板を掲げて出発した。
「はぁ……」
無事、バスに乗れたことに一安心すると、思わずため息が出てる。大量の荷物が入ったスクールバックを肩に掛けここまで走ってきたからか、僕の体は若干の疲れを感じていた。
疲れた体をイスに預け、窓越しから見える景色をぼーっと眺めながら休憩すると、いつもと変わらない町並みは、今日だけは特別華やかに見えた。
至るところに浴衣姿の人達が駅方面に向かって歩き出し、男女の2人組や女子と男子だけしかいない集団がチラホラ見え、バスに乗車している人も、次のバス停で乗ってくる人も、ほとんどの人は浴衣を着ていた。
そして、頭上に貼られている車内広告には、本日行われるあるイベントの掲示が数ヶ所貼られていた事に、僕は学校の廊下で居合わせたカップルが楽しそうにその話していたことを思い出した。
花火大会かぁ……
その言葉を誰もが目や耳にして、頭の中に浮かぶとしたら、打ち上がる花火の華やかさに大勢の観客が夜空を見上げて感動する様子をイメージする人が多いだろう。夏になったら楽しくて仕方ない行事の1つだ。
だけど、僕だけは華やかなイメージよりも、儚く綺麗な方を想像してしまう。昔の僕だったら前者なのに、ある日を迎えてからは後者になってしまったのだから。
それは、夜空に散りゆく花は僕の心に火を灯したまま、永遠に僕の記憶から消えない、儚い思い出。
揺れる体を窓側に固定しながら寄りかかった僕は、そっと目を瞑った。
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