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慣れない恋人繋ぎから、慣れない浴衣姿で僕達は屋上に向けて再び階段を登りはじめた。
慣れない下駄靴にバランスを崩されながらも互いに体を預けて、二人三脚のように息を合わせながら一歩一歩足を動かした。
不意に体が密着して、汗ばんだ浴衣が擦り合わさると、そこから感じる肌の感触に僕達は先ほどよりもお互いを意識しだしたと思う。
「一希君の手は、意外にも大きいんだね……」
初めて繋いだ彼女の手はとても柔らかった。
「意外ってなんだよ」
男性のゴツゴツした指とは違って、彼女の指は細く、互い違いの手は意外にもしっかり絡み合う。
繋いだ手は汗でだんだんと濡れていった。
「ふふ、ごめんね。大きくて、頼りになるなって」
「それなら君の手は小さくて心細いな」
「それなら、ちゃんと握っててよ」
そう言うと、彼女は自身の細い指先で僕の手の甲を優しく撫でると、僕も同じように指先を動かし彼女の甲を撫でた。
さっきまで、賑やかだった周りの声が不思議と聞こえてこない。聞こえるのは、自分の心臓の音と彼女の下駄靴の音だけ。
きっとお互いの心臓は五月蝿くなっているのだろ。さっきまで花火見たさに1人で舞い上がっていた彼女は、僕と同じように足元を見る振りをして繋がれた手を見つめているのだから。
「一希君……」
繋いだ手から、彼女の思いが伝わってくる。
「一希君、私ね……」
ピアノの鍵盤を触るように微弱な指先に少しの力が加わって、今から伴奏に入ろうと試みる彼女はとても緊張していた。
「私、一希君にちゃんと言わないといけない事があるの……」
鍵盤から少し離れた指先が完全に最初の音をだす位置に置かれると。
「……うん」
僕に緊張が走った。
「……私、一希君の事が……」
静かなホールに大きな音を今から鳴らして、彼女の想いを僕に披露しようと鍵盤を弾いた瞬間だった。
ドンッ!!
爆発音が聞こえて、音に引っ張られるように顔を上げると、屋上の入り口から見えたのは、青紫の夜空を背景に、色鮮やかに咲き始める大きな大輪が僕達を見下ろしていた。
「綺麗……」
その美しさに感動し、思わずこぼれた言葉。
口は開いたまま閉じることを忘れてしまうほど、今まで見てきた花火の中で一番、幻想的に見えた。
花火は形を変えて咲きつづけ散っていく様も、同時にうち上がった花火が重なりあって散っていく様も、どれも幻想的に見えてしまうのは何故なのだろう。
「……一希君!」
「……え?!」
花火の音とカブるように彼女に呼ばれて振り替えると、うち上がる花火の輝かしい光のスポットライトに当てられた彼女の表情は、まるで絵画に描かれているような女神のようだった。
優しい眼差しに、少し火照った頬を上げて優しく微笑むと、彼女の口から囁かれた初めて聞く言葉に僕の心は完全に彼女に魅了されるのだ。
「……一希君の事が好きだよ。だから、来年もこうやって一緒に花火を見ようね。約束だよ?」
初めて彼女の口から出た言葉は、今までとはとはまるで違う感情を僕にあたえてくれる。
心臓の跳ね方とじんわりと温かくなる胸の中、それを言葉にあらわすなら愛おしいという言葉なのだろう。
「……うん。わかった」
愛おしい彼女に笑いかけ、お互いの手を2人で強く握りあった。
ほんの一瞬に感じたこの想いはきっと僕にとって掛け替えのない大切な物、僕を見つめる彼女から教えてもらった大切な感情だ。
この一瞬を記憶から消えないように大切に守り続けよう。
この幻想的な時間がいつまでも終わらないように……
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