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花の名前は
屋上で眺めた花火はとても綺麗だった。
ここが花火大会の現地ではなく病院の屋上でも打ち上がる花火に皆、夢中になった。
終盤に差し掛かると、複数の花火が一斉に打ち上がり、夜空に絶え間なく咲きつづけるその風景に歓声をあげ、僕達も打ち上がる花火の迫力におもわず、歓声をあげた。
その一方で、目をそらさずに打ち上がる花火を見つめた彼女の瞳に僕は、こんなことを考えてしまった。
彼女が見つめるその先に、花火以外の何が映って見えているのだろうか。
屋上の片隅で僕達は手を繋ぎ、体を寄り添いながら、一緒に花火を見ているこの現状は、誰もが幸せ以外の言葉しか浮かばないのに、僕には少し不安の気持ちがあった。
その原因はこれまでの物事が順調に進みすぎているからなのかもしれない。恋人になるまで、あっという間だったからだ。
この先、僕達の関係がどう進むのかは神様だけがわかるのだろう。良いことも悪いことも含めて。
だから、僕はあることを心に誓った。彼女の病状を今でも教えてくれない事も、どうしてそこまでして僕に秘密にするのかもを含めて、僕はそれでも彼女と過ごした思い出を一生忘れないと。
それは、僕が生まれて初めて好きになって付き合った彼女との大切な思い出なのだから。
彼女もそう思ってくれたら、僕は嬉しいと思う。
「……終わっちゃたね」
最後に打ち上がった花火の残り火は、花吹雪のようにキラキラ舞い落ちて夜空に消えていく様に、彼女は名残惜しそうに夜空を眺めていた。
花火大会が終わると周りにいた大勢の観客達は自分の病室に戻っていき、屋上にいるのは、僕達ととある理由で残っていた人達だけて、僕達もその中の1組だった。
「……まだ、花火は終わってないよ」
夜空を見上げる彼女に声をかけ、自分の手提げカバンからある物を取り出し、それを彼女に見せた。手に持ったそれは、彼女が昨日僕にお願いした物の1つだ。
「これ、お願いしていい?」
彼女は僕に2つのお願いをした。
1つは浴衣を着てくること。もう1つは、とある物を買ってきて欲しいと。
昨日、彼女の病室で花火大会のチラシを見ていると、チラシのある内容に彼女は指差した。その文章にはこう書かれていた。
「花火大会終了後、三十分のみ屋上で花火ができます。持ち込み可能ですが、手に持つタイプのみとなっています。当日、病院側も用意しますので是非、患者様と楽しい思い出を作ってください」
それに対して僕は「いいよ。何がいい?」と聞くと、彼女は僕の耳元に近寄って小声で「線香花火を持ってきてほしいの」とお願いしたのだった。
「僕達もやろうか」
「うん」
病院スタッフに声をかけ、事前に病院側が用意した水が入ったバケツと火が着いた蝋燭立てを借りて、僕達は2人がけのベンチに移動した。
バケツと蝋燭立てを地面に置きベンチに座ると、数本に束ねられた線香花火を包装袋から取り出して、その一束を彼女に渡した。
束になった線香花火を僕達は1本だけ器用に抜き取り、線香花火の導火線に火を付けた。導火線をたどる灯火は小さい火の玉に変化して、パチパチと小さな音を立てて、一本、また一本っと火花がまばらに散りはじめた。
淡く小さい光を眺めると、火花はどんどん互い方向に散り乱れ迫力を増し、次第に大量に散りばめられた火花は朧気な小さな球体に変化した。
「綺麗だね」
「うん」
僕達は、大きな光を放ち続ける線香花火をじっと見つめた。しばらくして、大きな光は火薬が燃え尽きたと同時に、小さな朧気な球体は徐々に形を変え、消えそうで消えない小さな火の玉になった。
火の玉は必死に落ちないようにそこにしがみつく様子を、僕は答えるように火の玉を静かに見守った。
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