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「先生に、私の事を聞いてきた人には教えてもいいって言ったから」
「え?」
「まさか、一希君が来るとは思ってもなかった。来てくれて、ありがとうね」
彼女は平然と僕に嘘をついたのだ。
先生には誰にも言わないでほしいとお願いしたのに、僕だけは、聞いてきたら教えてもいいと自分から先生に言ったのに。
「……ね。なんで、来てくれたの?」
さっきまで自分の手元だけを見つめていたのに、今はとろんとした熱い視線を僕に向けている。
「それは……」
「……それは?」
彼女が発した言葉の温度はとても熱いように感じる。
それは、梅雨明けの太陽が顔を出し、暑い日差しは自分自身を象徴するように、彼女自身が僕に向けた言葉や視線も太陽の熱い日差しに似ていたから、僕の体は熱を帯び、彼女と目を合わせる事も出来なくなった。
また、いつもみたいにからかわれているのだと思っているが、今の彼女の態度と、ここに来るまでの先生のやり取りを思い出すと、謎目いた言葉の意味がこの事だとすぐにわかった。
だけど、1つだけわからない事がある。
それは、なぜ彼女は今になって平然と嘘をつくのか、それだけがわからなかった。
僕だけがそう思っていているだけで、彼女はそうではない可能性もある。
もしかしたら、本当にからかっているのかもしれない。
それなら、なぜ先生にそんなお願いをしたのか?
彼女の嘘が僕の思考を惑わせて、最終的にこんな事を考えてしまう。
僕の想いを彼女に伝えたらこの先、僕達の関係はどうなってしまうのか。
それだけが怖くて「好きだから」の言葉は、喉の真ん中辺りにとどまったまま、胸のあたりまで侵食して吐き出せない息苦さに蝕まれていく。
これは、彼女からの告白と受け取ってもいいのか?
だけど、もし違っていたらどうする?
頭の中は、マイナスな事しか浮かばなくなった。
「一希君……?」
「……え?」
思わず、間の抜けた声がでる。僕の顔を見つめる彼女は不安そうな表情を向けていた。
「顔色が悪いよ、大丈夫……?」
「え? ああ、大丈夫だよ……」
顔色を心配されるほど、自分の世界に苦しめられていたのか。現実的にはニ分もたっていないのだろうけど、僕の体内時計では三十分くらい時間が経過した感覚だった。
いつの間にか手には汗が溜まり、額からは1滴の汗が滴っていた。
これ以上は彼女を待たせる事は出来ない。 彼女の嘘の真意がわかるまで、今は嘘に触れないような無難な答えをした方がいいのだろう。
「ごめんね、心配だったから」と。
だけど、僕は一瞬で口を閉ざした。
彼女の顔色が真っ青で、泣きそうな表情を僕に向けていたからだ。
「ごめんね……」
「だいじょ……」
ああ、そうか……
彼女の一言で、僕はやっと彼女の気持ちを理解した。
「……ごめん。ちょっと外の空気を吸ってくるよ」
これ以上、彼女を悲しませたくなかった。
一旦病室から出ようとイスから立ち上がり、逃げるように出口に向かって歩きだそうとすると、なぜか僕の手足が動かなくなる。
「……まって!!」
呼び声と共に僕の腕を捕まえた彼女が、無理やり引っ張ったからだ。
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