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1.初夏のデート
夏の足音が聞こえ始めた快晴の下、運よく木陰に空いているベンチを見つけて、黒川は半ば倒れこむように腰を下ろした。
俊樹が少し離れて隣に座る。まるで他人みたいな距離だ。家の中だったら膝に乗せても嫌がらないのに、と幾何かの寂しさを覚えつつ、黒川は背もたれに体を預けた。
「いやあ、こんなに並ぶなんてね。アイスを買うのに日に焼かれたんじゃ、熱くなりに来てるのか涼もうとしてるのかわからないな」
黒川の少々無粋な言葉に、俊樹は小さな笑い声を立てる。俊樹が座っている場所は木陰から外れているが、そんなことに頓着する様子はない。一回り以上差があるんだから仕方ない、と思いながらも、黒川はどこか自分の老いを突きつけられているようでいたたまれないような気持になった。
「アイスじゃなくてジェラートですよ、黒川さん」
「ああそうか。同じようなもんじゃないの」
「まあそうですけど」
黒川はジェラートに口をつけながら、先ほど自分たちが抜け出してきた、水色のワゴンから伸びる列を眺めた。
「こうしてみると、男だけで並んでるのもけっこういるね」
もしかしたら、そのうちの一組くらいは自分たちのような恋人同士なのかもしれない。
「そう言えば、フランスなんかでは、甘いものをたくさん食べて沢山カロリーを摂取するっていうのはむしろ力強くて男らしいイメージだって聞いたことありますね」
「へえ、なるほどね。確かに言われてみればその方が理にかなってるかもしれない。相変わらず俊樹君は博識だね」
そういう基準で言えば、甘さ控えめ爽やかな後味、と書かれていたヨーグルト味でさえ甘すぎると感じている黒川はなよなよした奴になるのだろう。そんな黒川とは対照的に、俊樹はいかにも甘そうなキャラメル味のジェラートを楽しそうにスプーンですくっている。
「美味しい?」
黒川の問いに俊樹が頷く。
「食べます?」
「いや要らない。キャラメル好きなの?」
「好きですね。会社の引き出しにもいつも入ってます」
「チョコも好きでしょ?」
「はい。この間から売店に入ってる新商品が美味しいんですよ。甘さは控えめなんですけど口当たりが滑らかで」
黒川はそんな俊樹を見て口元を綻ばせた。
どんなことでも臆面なく好きなものは好きだと言える俊樹を見ていると、自分の見ている世界までも明るくなったような気がする。
「黒川さんも、ヨーグルト好きですよね。いつも冷蔵庫に入ってるし」
思いもよらない俊樹の言葉に、黒川は一瞬虚を衝かれた思いがした。
「いや、それは、」
別にそういうわけじゃない、と言いかけてやめる。考えてみれば、特に否定する謂れはない。よく食べているのだから、嫌いなわけはないのだ。
「そうだね。言われてみれば好きかもしれない」
「何ですかそれ」
俊樹はそう言って弾かれたように笑った。
「僕も好きですよ、ヨーグルト。今度専門店に行ってみましょうよ」
「そんなのがあるんだ。面白そうだね」
俊樹の「好き」という言葉が、黒川の世界を広げていく。
その言葉を聞きたくて、自分は生きているのかもしれない。そんな大仰なことを言ったら、俊樹はきっとまた笑うだろう。
僕のことは?と聞くのは今日帰ってからにしようと考えながら、黒川は溶けかけたジェラートを口に入れた。
(了)
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