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サルスベリが満開になった。
僕らの仕事も最盛期だ。
僕とお父さんはせっせと花を摘み、からからに乾いたものから丁寧にすりつぶす。
房のようなサルスベリの花は摘んでも摘んでもきりがなく、僕もお父さんもこのごろいつもてんてこまいだ。
花摘みのために僕らは朝とてもはやい時間に起きる。
だからばんごはんを食べるとお父さんも僕もすぐねむってしまう。
だけどその日はちがった。
日が暮れてもまだ蒸し暑い夜のこと、ばんごはんを食べ終わると、お父さんが「いまから出かけよう」と言いだした。
「どうしたの?」
「うん、すこしね」
お父さんが、ツンとあごをそらす。
僕はうれしくなる。こういうしぐさをするときのお父さんは楽しいひみつを隠していると決まっているからだ。
外に出ると、夏のしめった夜がしのしのと体にまとわりつく。それを払うように僕は大きく腕を振りながら歩いた。
向かった先にあったのは、夜空へとつづくはしごだった。
ここをのぼると、空の職人たちの仕事場へ行くことができる。夕暮れまえの納品で来たことはあるけど、こんな時間に来るのははじめてだ。
「よう、来たな」
なじみの職人頭がニッと笑う。
お父さんもまたニッと笑い返す。
働く手を止めた職人頭が「ここに座るといい」と椅子をすすめてくれた。
僕とお父さんはならんでそこに座る。
「なにがはじまるの?」とたずねる僕に、お父さんはシーッと言ってあごをそらす。
突然、ひゅるひゅると空気がぬけるようなたよりない音がした。
すると、すぐさまドンっと空が揺れる。
火薬のはじけるにおいとともに、空いっぱいの花火があがる。
今夜は地上の花火大会らしい。
赤、青、黄色、緑、さまざまな色の花火が僕らの目の前で咲く。もちろんピンクの花火もある。
「うわあ」と目を輝かせた僕に、職人頭が「本番はこれからだ」と笑った。
ドン、とあがった白い花火に空の職人たちが手早くサルスベリの粉をまとわせた。緑にも青にも黄色にも。職人たちの見事な技によって、夜空に上がるすべての花火がサルスベリのピンクに染めあげられる。
「どうだ」とお父さんが笑う。
「どうだ、じゃないよ」と僕も笑う。
「星はむりだが、まあこれくらいは勘弁してもらおう」
「そうさ。いつもがんばっているお二人へ、これくらいはごほうびだ」
「さすが、いい発色だなあ」
空の職人たちも声を合わせて笑う。
空じゅうにサルスベリの甘いにおいが満ちている。
舞い散る粉がほうぼうに飛んで、僕もお父さんも職人たちもみんな明るいピンクに染まった。
「きれいだねえ」
「きれいだなあ」
「最高だなあ」
「最高だねえ」
ドン、ドン、と花火はあがりつづける。
つぎつぎに咲くピンクの空のまんなかで僕たちはいつまでも笑い続けた。
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