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このごろは地上が明るすぎて、星が見えないところもおおいけれど、見えないところにこそ手を尽くすのが粋なのだと職人たちは言う。
だから僕たちもせっせと花を摘む。
摘んだ花はよく乾かしたあと、きめ細かなパウダーになるまですりつぶす。
白や赤や黄色の花はもっと大胆に砕いても使えるらしいが、代々ピンクを担う僕のうちはそうはいかない。あくまで繊細に仕上げないと使いものにならないのだ。
そもそも、白を皮切りに、青、黄色、橙、赤と輝く星たちの中にピンクの星はない。
カイドウのたおやかなピンクにしろ、サルスベリのはつらつとしたピンクにしろ、この色は主役になるためにあるわけじゃない。
夜空におけるピンクの役目は、ほかの色に潜んでメインをひきたてるスパイスだ。僕らのつくるピンクはそのままではものたりない星々に魔法をかけるためにある。
「こんなにきれいなのにな」
収穫したサルスベリの花を干しながら僕はうなる。
そりゃあもちろん、ヒマワリの黄色やクチナシの白も夏にはお似合いだけど、サルスベリの元気なピンクだってじゅうぶん夏らしいと僕は思う。
「ねえお父さん、サルスベリに免じてせめて夏の空にくらい、ピンクの星があってもいいと思わない?」
息を巻く僕に「サルスベリに免じてかあ」とお父さんが笑う。
「そうだなあ。でも冬に比べてそもそも夏の夜空は星が見えにくいしなあ」
「ますますいいじゃない。白や赤は年中目立ってるんだから、オフシーズンの夏くらいピンクに譲るべきだよ」
「そりゃあいいな」とまた笑う。
お父さんがこんな風に笑うときは真剣に話を聞いてくれていない証拠だ。「もう!」と僕はむくれる。
とはいえ僕だってわかってはいるのだ。
地上の人々がどんな思いで夜空を見上げているのか。
大昔から、星は人々の生活になくてはならない存在だ。
あるときは砂漠を往く旅人の道しるべになり、またあるときは神秘的な物語の舞台になる。またあるときはまだ見ぬ宇宙の果てを探る手がかりにだってなる。
そういうわけで、星はいつだって決まりどおりの色でなければならない。いたずらに変化して人々の築いた秩序をおびやかさないために。それは永遠にかわらない約束事だ。
「ほら、干し終わったらそろそろ休もう。サルスベリの収穫時期は長い。きちんと休まないといい仕事ができないからね」
むくれたままの僕の頭をお父さんの大きな手がなでる。
お父さんの手からはサルスベリの甘いにおいがした。
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