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「やあ、これはこれは。今年も忙しくなりそうだ」
夏のはじめ、サルスベリの木を見ながらお父さんは笑った。
そのまま手を伸ばし、ちょいっとてっぺんの花を摘む。
「うんうん、色、ツヤ、ともに申し分なし」
指で押してみたり、ひっくり返したり、ためつすがめつ、じゅうぶんなチェックをしたら、背中のカゴに放り込む。
花をひとつ摘むたびにそれを繰り返すから、お父さんの仕事はとても時間がかかる。
けれどその分、ピンクはほかのどんな色よりも品質が良いと評判だ。
お父さんの真似をして、僕もじっくり花に目を凝らす。
僕はこの仕事を始めたばかりで、いい花を選ぶにはお父さん以上に時間がかかってしまう。
初仕事はカイドウだった。春らしいあの花もとてもきれいだったけど、まんなかから花びらのふちにかけて少しずつ色づくカイドウと違って、サルスベリはすみずみまでしっかりと濃い。
お父さんが「うちは夏のサルスベリが本番だから」と言っていた通り、たしかにこれは材料として最高だ。こんなきれいなピンク、暗い夜空でもきっと目立つ。
ひときわ強く輝く一等星から、時とともに輝きを変える変光星まで。
靄のような星雲から、果てしない銀河まで。
星々が美しくまたたく陰には、人知れず僕たちの努力がある。
宇宙に在る星と地上で見る星は同じものでも見映えがちがう。
神さまの遊びごころ、というやつだ。
すべての星の光は地球に届く前に、空の職人たちによって手際よく色づけされている。その職人たちが使う染料を、僕たちはつくっているというわけである。
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