王道転校生ですよ。一匹狼くん

13/22
前へ
/68ページ
次へ
 それからの東は何かに縋るようにひたすらに勉強をした。あの日生徒会室で何があったか一度聞こうとした。だが慎くんの名前を出しただけで表情を消した東に結局は何も訊けなかった。 一方で慎くんはいつも通りだった。 ただふとした瞬間に嗤いだすのだ。声をあげてではない。逆におし殺したように。あの日帰ってきた慎くんに黒羽くんが何があった。と訊いた。彼は「何も。本当に何もなかった。」と呟くように言ったらしい。  今日はテストの最終日。これが終われば新歓だ。状況は相変わらずで、ときどき生徒会室に様子を見に行くと黒羽くんは目に見えて疲れていた。ときどき慎くんが強制的に仮眠室に入れているらしい。それでも彼だけはいつも通り。何も変わった様子はなかった。私や黒羽くんをからかい、ときどきお茶を出してくれて。 最終科目が終わった。瞬間、東が席を立ち教室から出て行く。慌てて追いかけ廊下で横に並ぶ。途端にどこから現れたのか数人に囲まれた。 「紺野 紗夜さんと…貴方(あんた)は誰かな。よく一緒にいるよね。Fの生徒…だよね。まあいいや。会長補佐の黒瀬くん。君たちの「恩人」って彼だよね。」 慎くんの名前が出た瞬間東の空気が変わった。 「おっと暴力はダメだよ。「恩人」を退学にしたいの?」 その言葉に私たちは動けなくなる。いつのまにか後ろは階段。油断した。思ったとき 「俺は言ったよな。他の生徒に迷惑かけんなって。」 少しの怒りを孕んだ掠れた声と共に私たちの間に1人の生徒が入り込んできた。認識した瞬間正面にいた男は横に吹っ飛んでいた。 「散れ。」 彼が言った瞬間周りにいた仲間はさきほど吹っ飛んだ男を連れ逃げて行く。 「ごめんね。ったくいつになっても懲りやしねえんだから。ああ。テストお疲れ様。紗夜さん。東。じゃあね。気をつけろよ。」 「!慎くん!」 私は慎くんを呼んだ。東先輩。彼は東のことをそう呼んだ。理世(りぜ)。といつもは呼ぶはずなのに。そして何より彼の声はひどく掠れていた。少し口が悪いところはいつも通り。ただ東の呼び方だけが違っていた。あの日から彼らが会うのはおそらく初めてだろう。慎くんは立ち止まって振り向いた。 「何。紗夜さん。」 ぶっきらぼうに素気なく。これは誰だ。と思った。 「あ…引き止めてごめんなさい。なんでも…ありません。」 「そう。明後日は新歓だ。会長とのデート券頑張ってね。」 言って彼は今度こそ去っていった。 私はふうと息を吐く。そして気づく。彼と対峙している間、私は。そんなことは彼と初めて会ったあの日以来あり得なかった。隣の東はずっと俯いている。慎くんの顔を見ることすらしなかった。 「東。帰りましょう。」 「ああ。」 低く呟いた東と共に歩き出した。 翌日、東は学校を休んだ。 その日の夜私は同室である東のプライベートルームの前に立った。 「東。」 呼びかけるも返事はない。 「明日の新歓は出ますよね。…新歓の景品は生徒会役員との1日デート券です。貴方は鬼。追う側なので上位三名に入ればその機会を得られます。」 言い終え部屋に背をむけたとき 「順位は。」 扉の向こうから声がした。 「え?」 意味がわからず、問いかけると 「テスト。順位出たんだろ。俺のは。」 「ああ。貴方、今回頑張りましたね。総合5位でしたよ。」 教えてやると、安堵したようなそれでいて悔しそうな複雑な吐息が聞こえてくる。 「ちなみに、私は20位。黒羽くんは1位。彼も1位でした。」 彼とは慎くんのことだ。言わなくともわかったのだろう。息を呑む音が聞こえた。そう彼らはあれだけ多忙をきわめていてそれでも1位をキープできるのだ。 「明日待ってますよ。」 私は踵を返し、自分のプライベートルームに戻った。 翌日、生徒は全員グラウンドに集められた。 「それでは今から新入生歓迎会を始めたいと思います。」 司会は相変わらず梨木様だ。なぜ今までサボっていたお前(貴方)が堂々と壇上(そこ)に立てると思いはしたが心のうちに留める。東はまだきていない。本当に来ないつもりだろうか。思い始めたとき隣に気配がした。東だ。私は前を向いたまま 「随分遅かったですね。」 と皮肉ると 「寝坊した。」 と返ってくる。本当に嘘が下手だな。と思いながらも梨木様を見やる。 「1人ひとつこのリストバンドをつけていただきます。追う側と逃げる側で色が違うので間違えないでくださいね。そしてあらかじめ周知されていた追う側と逃げる側に分かれて鬼ごっこをします。ああ。もちろん双方は10分の時間差で開始時間をずらしますよ。捕まえた人数はリストバンドで管理されます。逃げる側は捕まった時点で体育館に行ってください。最後まで生き残った逃げる側の人と最も捕まえた人数の多い追う側の上位三名には我々生徒会を含めた役職持ちとの1日デート券または食堂一年無料利用券を贈呈します。なお、リストバンドにはGPSが搭載されていますので、時間までに戻らなければ、捜索隊が出ます。みなさん今から2時間せいぜい頑張ってくださいね。」 最後に毒を吐いて 「では会長開始の合図を。」 と黒羽くんにふる。メイクで綺麗に隈を隠した黒羽くんが 「では、健闘を祈る。始め!」 言った瞬間逃げる側が一斉に走りだす。私は鬼側なのであと10分は待機だ。東も鬼側。どちらも無言だ。あと1分で動ける。 「勝ちましょうね。」 「…ああ。」 そんな会話を皮切りに走りだす。 新歓が終わった。 「それでは結果発表を行います。」 梨木様の言葉で辺りを緊張が包む。 「では鬼側から3位…3ーA麻生 大河さん。景品はどちらに?」 「食堂無料券。」 淡白に応える彼にブーイングが起こるが 「静かになさい。」 と言われ直ぐに静かになる。 「続いて2位…3ーF紺野 紗夜さん。景品は——」 「生徒会長、皇 黒羽様とのデート券を。」 梨木様を遮って即答する。黒羽くんと目が合った。安堵したように笑む彼に笑顔を返す。 「えーっお似合い!やばい。」 「紺野様でも会長に近づくのは許さないわ。」 「何それ何その視線!kwsk!」 という歓声とも悲鳴ともつかない声をあげる生徒たちを 「貴方たちはいちいち騒がないと気がすまないんですか。これはルールです。紺野先輩に制裁行為を行なった場合…退学です。よく肝に銘じておきなさい。」 と黙らせた梨木様。今だけは感謝してあげます。 「続いて——」 「俺も!俺もクロを選ぶ!いいよな。紅奈。俺逃げ切ったぜ!」 という大声が続けようとした梨木様の言葉を遮った。あたりがしんと静まり返る。 「千⁈何を言ってるんですか。貴方は私と——」 「なあなあ!いいだろ。クロ。俺とデートしろ。」 言って転校生は壇上に上がり立っている黒羽くんの肩を揺さぶり出した。黒羽くんはもう限界だったのか彼が触れた瞬間くらりと体が傾いた。やばい。と壇上にあがろうとしたところで、黒羽くんの体を支えた人がいた。 ——慎くん。 彼はそのまま黒羽くんを転校生から引き離し転校生を壇上から蹴り落とした。ドンっと重い音が響く。 「いっ」 何をされたか理解した瞬間 「痛え!痛え!何すんだ!慎!」 と泣き喚き始めた。慌てて皇先生を始め生徒会役員、親衛隊など彼の取り巻きたちが駆け寄る。 「黒瀬!千に何するんだ。」 「そうですよ。なんてこと!」 騒ぎ出す人たちを壇上から見下ろして彼は言った。 「黙れ。」 その声は低く。ひどく掠れていた。 …にも関わらずその声は転校生を巡って、生徒会長が倒れたことに対して、騒いでいた生徒たちの耳を冒した。瞬時に静まり返るグラウンドを彼は見下ろす。既に静まり返ったグラウンドに 「黙れ。」 声を落とす。 ——その静寂を割いたのは 「黒瀬!」 伊吹先生の声だった。彼は息を切らして走ってきた。壇の下にくると手を伸ばす。 「悪い。頼む。」 「ああ。」 短い言葉を交わし黒羽くんを伊吹先生に託す慎くんの表情は極限まで押し殺され歪んでいた。 ———————————————話が急展開すぎる!と思ってるそこのあなた!作者も同じこと思ってます。この後本当になんのイベントにしよう…とお悩み中です。総攻め総受けタグを読んで入って下さった人すみません。タグを消させていただきました。固定CP(カップリング)にさせていただきます。本当にすみません。それでも応援してくださる優しい皆様はどうぞ最後までお楽しみください。
/68ページ

最初のコメントを投稿しよう!

105人が本棚に入れています
本棚に追加