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「東 理世と言ったか?では君が——」
「離陸の準備が整いました。出発致します。」
理事長が何か言いかけたとき榊と呼ばれた男が出発を知らせる。
「!待て!そいつをどこへ——」
「病院だよ。君は気づかなかったのかい。あの子の症状に。」
「っそのくらい——」
「気づいていた?あまりふざけたことは言わない方がいい。榊。出せ。」
「待て!俺も行——」
「ダメだよ。」
東が乗り込もうとしたとき理事長が東の袖を引いた。
「離してください!」
抵抗する東の前でヘリが離陸する。その突風に私と東は吹き飛ばされた。咄嗟に受け身をとり起き上がったときにはヘリははるか遠くに飛んでいた。
「クソッ!」
東が地面に拳を打ちつける。
「落ち着きなさい。まずは…夕羽。黒羽のところへ行こうか。紺野くんも。…東くんも来るなら来ればいい。」
理事長は既に私と黒羽くんの関係を察したのだろう。こちらに誘いかけてくる。
頷いて歩き出そうとしたとき
「お待ちください。理事長。」
東雲様を始め役職持ちたちがずらりと並んでいた。その中には梨木様、二階堂様、蓮見様もいらっしゃる。
「今回の騒動本当に申し訳ありませんでした。」
東雲様の言葉で一斉に頭を下げる。
「ああ。その謝罪は受けとろう。追って処置を連絡する。」
言って歩き出す理事長を東と2人で追う。
保健室に向かう道中
「大体のことは慎から聞いてるよ。」
「俺も随時連絡していたはずでしょう。」
「お前の連絡などいかに千が可愛いかということがほとんどだっただろう。私はそんな報告を頼んだ覚えはない。何のためにお前を生徒会顧問にしたと思っているんだ。義弟を蔑ろにして、お前は何がしたかった。」
「俺は!楓さん。貴方の役に立ちたかった。そのために貴方が可愛がっていた千を守ろうとした。」
「俺が千を可愛がっていた?そんなことはない。」
「でも自宅に連れ帰ったのは——」
「千だけだった?ああ。そうだな。あいつは外界と離す必要があった。院では到底他の子たちと生活できないと思ったからね。」
「では何故この学園に?そもそも同じ施設で育ったのなら慎と面識があるはずだろう。」
東の問いに
「ああ。慎と千は別々の施設だよ。それにさっきも言ったように千は俺が自宅に連れ帰っていたからね。慎とは会わなかったんだろう。この学園に入れた理由は…そうだな。あの子は頭がよくてほら、あの見目だろ。残念ながら俺が所有する学園は男子校しかなくてね。それに昔から同性の方が千の影響を受けやすかった。同じくらいの友達をつくってあわよくばいい人を見つけて欲しかった。言ってしまえば俺があの子のお守りに疲れた。誰かに押し付けたかった。孤児院の院長がこんな考えを持ってるなんて自分でもやばいなと思うよ。子供は慈しみ育てるものなのに。」
「楓さん…貴方は頑張っていた。頭のいい俺が勘違いするくらい。…本当にすみませんでした。」
「ふふっ頭がいいって自分で言うのかい。でも、ありがとう夕羽。」
「あのお二人の関係って…」
「君と黒羽と同じだよ。」
やはりと思う。仲睦まじげな様子だとか皇先生が敬語を使うあたりだとか。あとは…さっきの会話だ。まるで一緒に住んでいるような。理事長も皇先生の前だからか随分砕けている。理事長の本来の一人称は「俺」なのだろう。…そして同時にお似合いだなと思った。派手めな顔立ちの皇先生と地味だが整った顔の理事長。どちらも高身長で並んでもどちらも見劣りしない。
「お似合いです。」
「ふふっありがとう。素直に受け取っておくよ。」
そこで保健室に着いた。
「刹那。入るよ。」
ノックをして理事長が先に入る。刹那とは誰だろう。続いて中に入る。
「理事長、ご無沙汰しております。」
中では伊吹先生が理事長に頭を下げていた。刹那とは伊吹先生のことらしい。
「刹那。久しぶりだね。一年も留守にして悪かった。——もう楓とは呼んでくれないか。」
「っそんなこと。生徒がいましたので…では楓様。お久しぶりです。留守中にこのような事態になり申し訳ありません。」
呼び方を改めたけれど敬称をつけている。どういう関係だ。主従か?それにしてはフラットな気がする。
「刹那。お前のせいではないよ。それより黒羽はどこだ。話があるんだが…」
「楓さん。そのことなんですが…先程義弟は壇上で倒れたんです。」
「なんだって?何故そのことを言わなかった。」
「既に連絡がいっていると思っていました。それにその…勘違いとはいえ千に構っていて黒羽を放っておいたので後ろめたくて。」
「はあ。お前は本当に。で?刹那、黒羽の容態は。」
「良いとは言えませんがきちんと食事と睡眠をとれば二週間程度で通常どおりの生活を送れるようになります。」
「黒羽くんをみてきても?」
私は感情を殺して問うた。
「まだ眠っているが…お前ならいいだろう。行きなさい。」
伊吹先生の答えにはやる気持ちを抑え大人たちに会釈をして奥のベッドに向かう。
伊吹先生の言ったとおり黒羽くんは眠っていた。日暮れの紅い太陽の光を浴びて、長いまつ毛が頬に影を落としている。それを見て、ああ。もう日暮れか。と思う。随分と長い一日だったように思えるが実際は数時間の出来事だった。
結局「彼」は私に何を聞かせたかったのだろう。それぞれの言い分?そんなことを聞かせたかったとして私はどう思えばいい。何を思えば「正解」だった?…実際私が思ったことは何もなかった。どこまでも続く言葉の応酬を聞いていただけだった。ただ、慎くんの言ったことは正論のように聞こえた。けれど私ではない別の誰かに言わせればあの子の言ったことは間違っているのかもしれない。今更どうでもいいことではあるが彼を悪者のようにしてしまったのは私たちだ。
いつも鋭い眼光を灯している瞳は閉じられ、少しだけ眉間に皺をよせて眠る彼に窓の外に向けていた視線を落とす。本当に悪いことをしてしまった。全てを彼らだけに背負わせて。彼の髪に手を伸ばす。指に絡めては梳く。繰り返していると少しだけ眉間の皺がなくなり無意識下で擦り寄ってくる。普段他人に甘えない彼のそんな仕草が愛しくてゆっくりと繰り返す。それでも彼が目を覚ますことはなく私は東が呼びにくるまで黒羽くんの頭を撫で続けた。
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