王道転校生ですよ。一匹狼くん

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神宮 楓side  初めてその人物を認識したときあの子の言ったとおりの男だなと思った。綺麗で。強くて。どこか闇をもったような。あの子…いや全ての人間が惹かれるのも仕方ない。と思えるような男だった。 東 理世 ああ。こいつだ。と思った。あの子を壊せるのも。救えるのも。こいつだ。と。だから俺は慎が乗るヘリに彼を乗せなかった。正しかったか?そんなの分からないし分かりたくもない。——ただあの子が幸せであれば。 保健室に行き刹那と挨拶を交わし紺野くんが黒羽の様子を見に行ったところで刹那にソファを勧められ皆で腰を下ろす。座らずに立ったままの東くんに 「君も疲れただろう。座りなさい。」 と促すと 「…失礼します。」 と漸く腰を下ろす。 「さて、何から話そうか。」 「その前に…よろしいですか。」 刹那が口を開いた。 「ああ。」 「楓様。黒瀬 慎という生徒をみませんでしたか。」 その言葉に東くんの空気が変わる。俺も彼とは別の意味で驚いた。今、刹那はなんと言った?「黒瀬 慎という生徒」まるで俺が慎を知らないような口ぶりだ。刹那はここにいる誰よりも俺と慎の関係を知っているはずなのに。 「慎は俺がヘリを手配して病院に行かせた。」 「そうですか…ん?貴方と黒瀬はどういう関係で?」 その言葉に俺は絶句した。知らないではなく本当に知らないといった口ぶりだ。慎は刹那に会えたと言っていた。いや…あのとき電話であの子はなんと言っていた? 慎からの連絡は一週間に一度程度。その日の電話は、謝罪から始まった。 『院長(おやじ)悪い。謹慎食らった。襲ってきたやつに手ぇ出しちまって。』 「で?お前はやられてないのか。」 『一発だけ。でも、その時はまだマシだったんだよ。』 「どういう意味だ。」 『ちょっ急に声色変えんな。今日謹慎が解けて学校行ったんだよ。そうしたらさまた、襲ってきやがった。今度は鉄パイプで!ふざけんなよって思うだろ。で、そのあと保健室に行ったんだ。…刹那のやつ気づいたんだよ。俺が怪我してるって。手当てしてくれて。そんで頭いいなって褒められた。昔はアホだったのにな。俺。名前も…呼んでくれた。そんで帰り際にチョコくれた。甘くないやつ。』 そこで慎は言葉を切った。俺は安堵した。慎と刹那が会えたことに。再び言葉を交わせたことに。 「お前甘いもの苦手だもんな。よかったな。」 『…うん。』 だから俺は気づかなかった。あのとき慎が流していたのは嬉し涙ではなかった。 刹那に教えてやるべきか?それを刹那は望むか?慎は望むか?分からない。教えたとしてそのせいで彼らが一から築いたものが崩れてしまったとしたら?…俺はそれ以上考えることを放棄した。 「楓様?」 「ああ。すまない。慎は俺のとこの子だ。」 「ああ。左様でしたか。確かに自分は孤児だと言っていましたね。では、楓様が彼の勉強を?」 「ああ。」 「道理で。初めに彼の答案を見たときは驚きました。」 あくまで穏やかに返しながらも内心では荒れに荒れていた。慎の勉強は俺も見たが刹那もよく教えていた。ああ。本当に。忘れてしまったのか? その思考は自分の胸元で震えるスマホの音で掻き消された。表示を見ると「榊」となっている。 「失礼。」 と断りを入れて部屋の外に出る。 「私だ。」 『お疲れ様です。楓様。黒瀬くんの容態ですが——比較的落ち着いておられます。ただ…先程目を覚まされたのですが——』 「なんだ。早く言え!」 思わず声を荒げる。榊は動じずに言った。 『いつも通り過ぎます。』 「なんだと?」 『言葉通りです。疲弊した様子すら見せません。』 「意識は。」 『はっきりとされています。』 「…分かった。明日…いや明後日には俺も行く。どこに入れた。」 「み…いえ、知名様のところに。」 「そうか。分かった。あとで連絡を入れておく。…怒鳴って悪かった。引き続き頼む。」 「承知しました。」 俺はそのまま知名 瑞希に連絡しようとして思い直す。部屋で待っているはずの「彼ら」に先に慎の状態を話しておこう。と思ったのだ。 部屋に入ると射殺さんばかりの視線が突き刺さる。それを片手を振っていなして 「慎の状態が分かった。」 と告げる。黙って早く言えと促す彼に目をやったまま 「比較的落ち着いているそうだ。先程目覚めた。」 告げると彼は安堵したように息を吐く。 「ただ——」 その言葉で再び空気を張り詰めさせる。 「。」 「それはいいことでは。」 「疲弊した様子すら見せないそうだ。」 「それは…」 「あいつはどこの病院に入った?」 「…教えられない。今はまだ。」 「何故!」 「何故?君に教えられると思っているのか?あの子をあんなふうにした君に。」 「それはどういう意味だ。」 「ああ。悪いね。君だけを責めるつもりはないよ。ただ君は…いやなんでもないよ。とにかく病院は教えられない。」 「楓様。申し訳ありません。黒瀬については俺の責任でもあります。」 「刹那。君にはもっとあの子の気持ちは分からないよ。」 「は?」 (何せ覚えていないのだから) 内心で呟いたとき夕羽が声をかけてきた。 「楓さん。もう遅い時間です。彼らは昼ご飯も食べていないでしょうし、義弟もまだ目覚めないようですので一度食事にしては?」 そこで先程廊下に出たとき既に日が落ちかかっていたのを思い出す。 「ああ。そうだな。刹那。梨沙に連絡を入れてくれ。何か食事をもってこいと。」 「承知しました。東。紺野を呼んでこい。」 東くんが無言で立ち上がり奥のベッドに向かう。 「楓様。さすがにここに食事を運ぶわけには…」 申し訳なさそうに言う彼にそうか。衛生的に…というか匂いがつくなと思う。そこまで頭が回っていなかった。 「すまない。刹那。では理事長室に運んでくれ。と伝えてくれ。」 「わかりました。」 刹那が電話をかけ始めたとき東くんが紺野くんを伴って戻ってきた。 「黒羽はどうだった。」 「よく眠っておられましたよ。」 「そうか。今、刹那が食事の手配をしている。君たちも食べていきなさい。」 「すみませんがお断りします。あいにく食欲があまりないので。」 「せっかくのお誘いですが、私も食欲はあまりないので遠慮させて頂きます。」 「はあ。君たちが倒れたら君たちが想っている彼らはどう思う?」 そこで紺野くんは少し俯きしばらくして 「では少しだけ頂きます。」 と応えた。だが、東くんの方は吐息しただけだった。 「俺がどこでどうなろうがあいつは何も——」 「本気で言っているのか。」 東くんの言葉を遮り俺は言った。 「あの子が君がどこでどうなろうと何も思わないと本気で言っているのか。」 彼は大きく目を見開いた。そこで紺野くんが呟くように言った。 「慎くんは。」 その「名」にピクリと反応する彼に気づいているのかいないのか。紺野くんは続ける。 「「あの日」からふとした拍子に嗤うようになりました。どこか過去に意識を飛ばして自分を嗤うように。」 その言葉にハッとした。あの子は刹那が自分のことを覚えていない。と分かったとき、何を思っただろう。少なくとも自分がここに来た事は無駄だった。と考えただろう。そのあと東くんに「何故そこまでする。」と問われたとき、何を思っただろう。 紺野くんがおそらく「あの日」と呼んだ日。慎は珍しくその週二度目の連絡を寄越した。 「院長(おやじ)。悪いな。貴方も忙しいだろうに。」 「いいんだよ。それよりどうかしたのかこんなに遅い時間に。」 時計の針は既に日付けをまたいで一周回っていた。 『声が聞きたかった。貴方の声が。』 「…何があった。」 『何も。本当に何もなかった。』 その声はどこか諦めたような響きを含んでいた。 『なあ院長(おやじ)俺は何のために学園(ここ)に来たんだっけ。』 「…刹那に会うためだろう。」 『そうだな。…今日理世に言われたんだよ。「何故そこまでする。」って。その通りだと思ったよ。何故俺がここまでしなくちゃいけない?』 「慎。悪い!俺が——」 『ああ。悪い。貴方にあたりたかったわけじゃねえ…ただ、怖くなった。理世に言われたとき、そうだとも思ったし同時にここで投げ出したら理世に失望される。と怖くなった。院長(おやじ)と刹那以外にはどう思われてもよかったはずなのに。…だから理世を突き放した。自分を守るために。』 まるで自分を納得させるように呟く慎にその感情の名前を教えてやりたいと思った。 だが、俺は別のことを言葉にした。 「悪い。あと3週間いや…2週間で戻る。無理はするな。慎。——」 『「怒りに忠実に生きろ」だろ。貴方も無理はするな。貴方が帰ってくるまでには終わらせるようにするから。楓さん。待ってるよ。』 その言葉を最後に電話の向こうでは音がしなくなった。切れたのではない。微かに寝息が聞こえる。その微かな音を聞きながらあの子が「楓さん」と呼ぶのは随分久しぶりだ。と思った。他人行儀に聞こえるが響きは重かった。 俺は吐息して 「おやすみ。いい夢を。」 ともう聞いていないだろう彼に呟き電話を切った。
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