王道転校生ですよ。一匹狼くん

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「楓様。梨沙さんが十分程度で向かうそうです。」 少し前の慎との電話を思い出しているうちに随分と時間が経っていたらしい。俺はゆっくりと立ち上がった。 「東くん。食事をしながらあの子のことを少し教えてあげるよ。…それでは移動しようか。」 扉に向かう俺を 「お待ちください。」 と止める声があった。その声に振り向く。 「食事はここでなさらないんですか。…すみません。黒羽くんが心配なのでやはり私は——」 「義弟(黒羽)なら俺が見ているよ。罪滅ぼしにもならないが…お前に何かあっては俺は義弟(あいつ)に到底許されないだろう。」 紺野くんの言葉を遮って言う夕羽は相当反省しているようだ。その様子を見て俺は少し微笑い部屋を出た。2分もしないうちに東くんと紺野くんは連れ立って部屋を出てきた。どうやら黒羽は夕羽に任せたらしい。 「理事長室に向かう。」 告げて歩き出す。理事長室は五棟——役員棟の最上階だ。 久しぶりに入る部屋にはすでに梨沙が来て食事の準備を始めていた。 「梨沙。」 入口から声をかける。振り向いた梨沙は満面の笑顔を浮かべた。 「おかえり!楓ちゃん。」 駆け寄ってくる梨沙を抱きしめながら夕羽が見たら怒りそうだな。と思う。 「ああ。ただいま。梨沙。少し大きくなったか?」 「言わないでよ。梨沙はちっちゃい方が可愛いのに…また伸びちゃった。」 他の人…例えば慎に言えば喜びそうな言葉も彼にはどうやら不服らしい。 「それより。お食事しないの?あれっユウくんは?」 「ああ。夕羽は黒羽を見てる。刹那。東くん。紺野くん。座ってくれ。食事をしよう。」 呆れたようにこちらを見ている刹那と目を見開いてこちらを凝視している彼らを促して席に着く。 「紹介しよう。この子は桜咲 梨沙。梨沙もうちの子だ。慎とも千とも面識はある。もちろん夕羽とも。梨沙。こちらは東くん。慎の先輩だよ。そしてこちらは紺野くん。黒羽の大事な人。」 その紹介に東くんは不服そうな顔をした。紺野くんは少し頬を赤らめた。 「ふうん。それで慎くんは?」 それを聞いた途端彼の空気が変わる。抑えてほしい。切実に。 「はあ。梨沙。慎は病院。」 「何で!慎くんどこか悪いの?…まさかあの(ガキ)のせい?」 地を這うように低くなった声に全員がピクリと反応する。 「梨沙。落ち着いて。食事をしながらでもいいかい?冷めてしまう。」 「いいよ。召し上がれ。」 「ありがとう。では頂きます。」 パンとスープ、簡単なサラダ。俺と刹那には小さなサイコロステーキが付いている。 「美味い。」 「美味しい…」 それぞれに呟いて食事を進める彼らに梨沙は目も向けずにこちらをじっと見てくる。 「梨沙。また腕を上げたね。美味しいよ。」 声をかけて頭を撫でてあげればそれまでの不安そうな顔を一変させて花が咲いたように笑う。 「俺ね、頑張ったんだよ?楓ちゃんもそうだけど…慎くんに食べて欲しくて。一度食堂(うち)で騒動起こしてから来てくれなくなっちゃった。その日俺は休みだったの。次に来たのはクロくんと一緒だったけどでもそれでも嬉しかったんだよ。慎くん相変わらずかっこよくて。でもその日は何も食べずに帰っちゃった。あの(ガキ)がいたから。慎くんに食べて欲しかったなぁ…」 泣きそうになりながらそれでも泣くのを堪えて上を向く。孤児院(うち)の子は千のように人前で泣くことを決してしない。身内の前でのみ泣く。それは慎も梨沙も、他の子も。 そこで食事を終えた刹那が立ち上がる。 「すみません。楓様。皇の様子を見に戻っても構いませんか。」 「ああ。黒羽をよろしく頼むよ。」 「伊吹先生。私もあとで寄らせていただきます。」 「ああ。分かった。では失礼します。」 「バイバイ!せっちゃん。」 その背に手を振る梨沙を見て 「悪かった。」 突然東くんが呟くように謝罪して頭を下げた。 「最初の騒動。あれは俺が指示した。本当にすまない。」 「私からも謝らせてください。慎くんだけでなく桜咲さんにまで哀しい想いをさせてしまって本当にすみませんでした。」 それを聞いてしばらく彼らを見ていた梨沙はゆっくりと首を振って慎とよく似た笑みを浮かべた。左の口角を少し上げて目を細める笑みを。 「もういいよ。そうやって謝ってくれるだけで…慎くんのことを大切にしてくれるだけで。…紺野くん俺のことは梨沙って呼んでね。東くんも。」 「ありがとうございます。梨沙さん。では俺のことも理世とお呼びください。」 「私のことは是非紗夜と。」 「うん。よろしくね。理世くん。紗夜くん!…それで楓ちゃん。慎くんのこと教えて?」 「ああ。梨沙、慎が会長補佐になったのは知ってるか。」 「うん。「条件を呑むなら」でしょ。」 その言葉に俺は首を傾げる。そこでふふっと笑い声がした。そちらに目を向ける。 「合っていますよ。梨沙さん。会長補佐になる際にFクラスの救済を慎くんに頼んでいたんです。だから「条件を呑むなら」なんです。」 「じゃあ慎くんはFクラスを救うために会長補佐になったってこと?」 少し考えてから梨沙は言った。もともと頭のいい子だ。自分なりに簡単にまとめたのだろう。だがその言葉を聞いた瞬間東くんと紺野くんは表情を消した。 「そうですね。もともと私たちがあんなことを頼まなければ彼は…」 「それを言うなら俺の方だよ。2年前に学園を継いだばかりで君たちのクラスがそんなにひどい状態だったと知らなかったんだ。黒羽から何も相談はきていなかったし…いや言い訳だな。運営者としてもう少し責任を持つべきだった。本当にすまなかった。」 頭を下げる。 「いえ。もう終わったことですし。…すみません。梨沙さん。慎くんのことでしたよね。学園の内情というか生徒会についてはどこまでご存知で?」 「んと…あの(ガキ)が転入してきてから生徒会の副会長さんと会計さん、書記さんがお仕事をしなくなった。そんであの(ガキ)に制裁?するやつらがいっぱい出てきていろんなものが壊れた。あっこの3週間くらいなら途中にテストがあったよね。慎くん。今回も一番だったって聞いた!」 「ふふっ大体は合ってます。そうですね。黒羽くんと慎くんはこの3週間ずっと5人分の仕事プラス新歓の準備をしていたんです。ご飯も食べずに睡眠もとらずに…私は何もしてあげられなかった。」 「そんなこと言ったら俺は今まで何も知らなかったんだよ⁈」 後悔の色を滲ませて言う紺野くんに梨沙は食ってかかる。 「っすみません。」 「俺の方こそごめんね。…それで?慎くん大丈夫なの?」 「体に異常はないそうなんだが、いつもどおりすぎるそうだ。医師への受け答えもはっきりとはしているそうだが…疲れた様子すら見せずに淡々と自分のことを話して強制的に眠らせるまではいつもどおりだったそうだ。」 「っ楓ちゃん!それは…」 「言うな。分かってる。俺も明後日には見に行こうと思ってるんだが…」 「どこの病院?」 「悪い。梨沙。言えない。律華のとこじゃないから安心して。」 視界の端で落胆する東くんを気にしながら言う。 「それは逆に安心できないよ。りっちゃん以外に腕のいいお医者さん俺知らないもん。…じゃあ誰がついてるの?」 聡い子だ。誰がついているか分かれば梨沙にとっては簡単すぎることだ。実際、今慎についている榊は総合病院の院長の息子である知名と恋人関係にある。榊でなくとも梨沙は皆に可愛がられているから電話なり何なりすればわかるだろう。 「楓ちゃん!教えてよ…俺だって慎くんが心配なんだよ⁉︎」 俺は少し考えてから誘った。 「なら梨沙。明後日、一緒に来るか?」 「うん!あれっ理世くんたちは行かないの?」 「彼らは授業があるだろう?」 「でも明後日は…」 「梨沙。」 呼んで首を振ると 「分かった!じゃあ俺サンドイッチ作るね。」 と笑みを浮かべた。頭がよく千と違って空気の読める子だ。子供のような言動をするが「可愛らしい」と素直に思える。 「理事長。あいつの話をしてくれると言うことでしたが…梨沙さんに聞いても?」 何か察したのだろう。あいつというのは慎のことだ。 「いいよ!理世くんが知りたいのは慎くんのことでしょ?でも俺今日はもう帰らなくちゃ…」 「でしたら、俺たちの部屋に泊まりませんか?」 「いいの⁉︎」 「おいおい待て。梨沙。今日は「あの日」じゃないのか?」 「大丈夫だよ。一昨日終わったもの。それにもしちょっとびっくりするだけだって!楓ちゃんは心配しすぎ。じゃあ理世くん。紗夜くん。行こっか?」 「ああ。では理事長。ご馳走様でした。」 「ご馳走様でした。」 俺に会釈をして出て行く2人を見送って一息吐く。東くんは何を聞く気だろう。梨沙は頭のいい子だからこちらが教えたくないことは言わないだろうが… 考えていても仕方がない。俺はスマホを取り出し知名 瑞希に電話をかける。 『もしもし。楓くん?』 「ああ。瑞希か。悪いな。連絡が遅れて。受け入れてくれてありがとう。」 『雅が一緒に来たら受け入れるしかないでしょう。久しぶりにあの子に会いました。相変わらずの傷跡ですね…それで?なんなんです。あの子の身体は?筋肉はあるけれど少し痩せすぎです。目の下の隈は言わずもがな。僅かに発熱もしています。病院(ここ)に来てすぐ目を覚ましたのには驚きました。…どれだけあの子を酷使したんですか。」 「っあの子には本当に悪かったと思っている。だが…隈はともかく痩せている?一度抱きとめたがそこまでは感じなかったぞ。」 「でしょうね。幾枚か重ね着していましたからね。君も仕事が忙しいのは分かりますがその「仕事」に責任を持ってください。僕もそんなに頻繁に雅から離されると死んでしまいます。その前に君が振り回して雅が死んだらどうするんですか。ただでさえあの子はまだ不安定なんですから。」 「よく承知してるよ。…榊を死なすくらいなら俺が死ぬよ。」 「そういうことを言っているんじゃないんです!あの子たちの前で死ぬなんて言わないでくださいね。…それで?いつこちらに来れるんですか。まさか来ないつもりではないですよね。」 「まさか。遅くても明後日には行くよ。瑞希、悪いが梨沙も連れて行く。」 「梨沙。というとああ。あの可愛らしい子ですか。いいですよ。お待ちしています。楓くん。」 「ああ。着く頃に連絡する。」 言って電話を切る。 さて、と仕事にとりかかる。 ——俺はまだ知らなかった。この日、慎の支持率が莫大に跳ね上がっていたことを。
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