105人が本棚に入れています
本棚に追加
桜咲 梨沙side
理世くんと紗夜くんと理事長室を出て寮に向かう。一階まで降りたとき
「すみません。保健室に寄るので先にお二人は帰っていてください。」
と紗夜くんが言うので理世くんを見ると
「ああ。外はもう暗い。気をつけて帰ってこいよ。」
と返す。その言葉に窓の外に目を向けると既に陽が落ちてまあるい月が浮かんでいる。
「ええ。では梨沙さんまたあとで。」
と去って行く紗夜くんを見送る。
「もう7時か。ごめんね。理世くん。俺、11時には寝ちゃうからもうお話に入ろうか。」
「そうですね。お願いします。」
「何から話そうか。あっ俺と慎くんは同じ施設で育った義兄弟だから。勘繰らないでね?君はどうやら慎くんのことが好きみたいだから。」
「好き…なんですかね。よくわかりません。キス…というか口移しをしたとき、あまり抵抗は感じませんでしたけどね。お互い。」
「あちゃあ。無自覚だった?ごめんね。えってか段階ぶっ飛ばして何してんの⁈…でもじゃあ何故慎くんのことが知りたいの?」
「何故…なんか気になるんですよ。」
少し考えて彼は答えた。
「今はそれで十分か。よし!話を戻そう。慎くんはね俺が16の時に入ってきたの。その年に楓ちゃんは孤児院を引き継いだんだけど、楓ちゃんが初めて見つけて来た子が慎くんだった。見つけて来たと言うより引き取ったっていうのが正しいかな。慎くんのお父さんが亡くなってそのお父さんの教え子だった楓ちゃんが引き取った。えっお母さんは?ごめんね。知らない。お父さんの話はよくするんだけど。」
そこで寮の部屋に着いた。お邪魔しまーす。と上がり靴を揃えていると
「コーヒーでいいですか。」
と理世くんが尋ねてくる。
「ああ。ごめんね。俺苦いの苦手なんだ。」
と返すと
「じゃあココアにしましょうか。」
と言いキッチンに歩いていく。その背中に
「ありがとー!あっちなみに慎くんは甘いのだめだから。」
と教えてあげる。
「了解です。情報提供感謝します。」
と返ってきたその言い方が面白くてくすくす笑っていると
「何笑ってんですか。」
声が降ってくる。
「理世くんって何気に面白いよね。」
「そうですか?梨沙さん先にお風呂入ります?湯張りますけど。」
「ああ。いい、いい。俺シャワーで事足りるから。多分慎くんもバスタブ使ってないと思うよ。もちろん。理世くんは使ってくれて構わないよ?」
「ああ。いいです。話の続き気になるんで俺もすぐ出ます。」
「じゃあお先に借りるね。」
シャワーを浴びて脱衣所に出ると綺麗に畳まれた服があった。けど、着ていいのかな。これ。とりあえずバスタオルを巻いて脱衣所から顔を出す。
「服どうしたらいい?」
叫ぶと
「そこに置いておいたでしょう。」
と紗夜くんの声で返ってくる。
「パンツも?」
からかい混じりに聞くと
「ええ。パンツも。」
と返ってきてびっくりした。紗夜くんでもパンツって言うんだ。なんかエッチ。そんなことを考えながら水色のふわふわとした生地に袖を通す。ワオすっごい!部屋に戻るとやはり紗夜くんが戻っていた。
「おかえり。紗夜くん。クロくんどうだった?あっ理世くん。お風呂いてらー」
「一度目を覚まされたようですが…私が行った時にはすでに眠ったあとでした。起きたとき意識ははっきりされていたようなので、今日は皇先生が付き添うそうです。」
「そっか。ユウくんが。じゃあ楓ちゃんとこかな?」
「そう…なりますかね。」
「クロくん寝れるかなあ。」
「どういう意味ですか。」
「ん。楓ちゃん達激しいからなあ。」
「…さすがにシないでしょう。」
「ふふっどうだろうね。」
「梨沙さんからそういう発言が出るとは思いませんでした。」
「それを言うなら紗夜くんだって。パンツなんて言うと思ってなかったよ。ふふっククッ」
「そんなに面白いですか。」
「クロくんの前で言える?」
「言えますよ。…多分。」
ふふっやっぱり面白い。そこで理世くんがシャワーを浴びて戻ってきた。
「紺野。行ってこい。湯は張ってないからシャワーだけだが…」
「構いませんよ。正直シャワーを浴びるのも億劫です。」
言いながらバスルームへ向かう紗夜くんを見送る。
「梨沙さん。髪乾かしてください。水滴が…何故貴方達は乾かす癖がついてないんですか。」
「貴方達?あー慎くんのこと?」
その名前を出すたびにピクリと反応する。それなのに無自覚ってほんとなんなん?
「施設で教わらなかったよ。そんなこと。女の子達はやってたけど。」
「はあ。座ってください。」
言われてソファに座る。暖かい風と大きな音が一緒に襲ってくる。しばらくして耐えられなくなった。
「理世くん止めて!」
すぐにピタリと風と音が止まる。
「どうしました。……ああ。少し怖かったですね。タオルドライにしましょう。」
すぐにタオルを出してきて柔らかく拭き始める。
「ごめんね。」
「構いませんよ。それより続き、話してください。」
「ああ。そうだね。俺が16慎くんが8つのときに慎くんは孤児院にきた。楓ちゃんは慎くんにいろんなことを教えた。身を守る方法。一般常識。お勉強。慎くんはすぐになんでも覚えた。そんで下の子に教えるようになった。上の子は慎くんを妬むよね。それで楓ちゃんの教えを忠実に守った。楓ちゃんはね、皆に言うんだ。「怒りに忠実に生きなさい。でも必ずルールは守りなさい。」って。」
「!でもそれは——」
「うん。間違ってるよ。逆に言えばルールさえ守ってれば、何してもいいもんね。だけど孤児には必要だった。親を失って。居場所を失って。常に不安がついてまわる。残念ながら俺にはそれは分からないけどね。どこかに捌け口がほしかったんだよね。きっと。慎くんの背中の傷はね、上の子たちがやったんだ。楓ちゃんとせっちゃんには隠して。」
「せっちゃん?伊吹先生のことか?」
「そうだよ。」
「だが、あいつは以前、伊吹先生とはただの教師と生徒だって——」
「そうだね。せっちゃんの方が慎くんのこと覚えてないみたいだし…」
「っそれはどういう——」
「ごめんね。せっちゃんの話はおしまい!なんなら忘れて?」
「無理です。」
「ふふっそうだよね。まあどっちにしろおしまい。…慎くん、上の子にやられたって言ったじゃん?別に一方的にやられてたんじゃないよ。ちゃんとやり返してそんで全部勝ってた。俺はね、上の子の括りに入るけどほら、こんなだから。上の子と遊ぶより下の子と遊んでることの方が多かった。慎くんのことは純粋にカッコいいって思ってた。
ある日ね。慎くんが森で倒れてた。俺は駆け寄って手当てしてあげようと思ったの。でも、慎くんは俺が触れた途端俺を引き倒して、殴りつけてきたの。
あのときは痛かったけど、それ以上に慎くんは痛いんだろうなって思ってた。俺は抵抗なんてしなかった。いや…できなかったんだよ。他の子と違ってそんな力はもってなかった。しばらくして慎くんは止まった。
『ねえなんで?貴方も俺が気に入らないんじゃないの?』
『逆になんで?なんでもできてカッコいいじゃん!』
俺は笑ったんだ。そしたら慎くんも不器用に笑った。そのとき可愛いなって思ったんだ。俺が18慎くんが10の頃の話。結局、俺を殴ったことがバレて楓ちゃんに怒られたのは慎くんだった。俺が必死に楓ちゃんに言って慎くんは自分のしていたことされていたことをバラした。そのときにはもう一年と半年放置された慎くんの傷は治らないって言われた。楓ちゃんはね、泣いたよ。慎くんも泣いた。でもそれは自分の傷が治らないって言われたことに対して泣いたんじゃない。楓ちゃんを泣かせたことについて、泣いた。
あの子はそういう子。一部の人以外にはどう思われてもいいけど、その「一部の人」が傷つくのは心底嫌がる。
慎くんが13俺が20になったとき、俺は孤児院の外に出た。楓ちゃんについてまわっていろんなことを勉強した。楓ちゃんにいろんなことを任せてもらえるようになって…慎くんに自慢したかった。あの頃なんでもできた君より、何にもできなかった俺より何十倍もできるようになったよ。って。…最後は俺の話になっちゃった。ごめんね。」
いつのまにか俯かせていた顔をあげる。そして笑った。
「あいつとよく似た笑い方をしますね。…いやあいつが貴方に似たのか。」
「ふふっ少しは慎くんのこと分かった?楓ちゃんに聞けばもっといろいろわかると思うけど。」
「いえ。十分です。あの人は…秘密主義ですし。」
「そうだね。だけど…楓ちゃんは慎くんを守りたいだけだよ。」
「よく…分かりますよ。」
「ふふっ…ふわぁ。」
「ああ。すみません。もう時間ですね。ベッドでいいですか?」
「いいよ。理世くんが使いなよ。なんならソファでいい。というかそっちの方が都合がいい。」
「都合…ですか。」
「うん。あっ紗夜くんも理世くんもごめんね。髪乾かせてないね。」
「いえいえ。お話の邪魔をしてはいけませんからね。」
「俺、一回寝たら起きないから遠慮なく乾かしてね。それじゃあ。おやすみなさーい。」
「えっほんとにここで寝るんですか。」
という声はすでに聞こえていなかった。
???side
梨沙が眠ったらオレは自由だ。ゆっくりと体を起こす。実に一か月ぶりだ。梨沙は「一昨日終わった」なんて言っていたけど、終わりなんてないし一昨日は出ていない。
「梨沙さん?どうされました。一度眠ったら起きられないと先程——」
「ああ。「梨沙」はな。「オレ」は自由だ。」
言った途端何かを察したのか距離を取る2人を見てオレは笑った。
「ふっククッそんなに警戒すんなって。理世くん。紗夜くん!」
梨沙の声で言ってやると面白いほどに警戒を強めた。
「ククッ改めましてオレは梨華。よろしく頼むよ。」
「貴方は梨沙さんのなんなんですか。」
「別人格?」
「なんで疑問形。それで梨沙さんと記憶の共有ができてるんですね。」
「理世くん。そんなに驚かないんだ?肝が据わってる。そうだな。記憶の共有ねえ。…一方的ならできてるよ。」
「は?」
「だから!オレは梨沙の記憶を持ってるけど梨沙にはオレの記憶がないよ。」
「いつから。いつから貴方は梨沙さんの中に?」
「ちょっと東。何を…」
「いつから。そうだな。梨沙が親に捨てられた時からかな。それを聞いてお前はどうする。慎のことを聞くか?ああ。覚えてるよ。あの子との記憶は全部。梨沙のときのも梨華のときのも。教えてやろうか。「梨沙」ではなく、「オレ」に聞けるならな。」
「いや。いい。本人に聞く。」
「ふふっ臆病者…その本人とはどうなんだ。うまくいっているのか?」
「貴方に答える義理はない。」
「随分と素っ気無いじゃねえか。図星をつかれたのがそんなに応えたか。」
「なんだと?」
「東!」
一瞬で距離を詰め胸ぐらを掴み上げられる。おお。こいつ強いな。俺は手をだらんとさせて笑った。
「気が短えやつだな。気をつけろ。これは「梨沙」の体だ。」
「くっ…」
手が離される。
「ゲホッケホッ…悪かった。揶揄うつもりはなかったんだよ。でも、そうか。そんなに慎が気になるのか。」
「貴方があいつの名を呼ぶな。」
「嫌われたもんだね。…名を呼ぶ勇気すらないくせに。」
「っ!」
「梨華さん。東で遊ぶのはやめて下さい。」
「遊んでなどいない。俺は至って本気だ。そうだな。仲直りをしよう。一つ情報をやる。慎はお前のことを嫌ってはいないよ。」
「っそんなこと!誰が——」
「信じられないか。別に俺は根拠なく言ってんじゃねえ。梨沙も言ってるよ。「慎くんは理世くんのこと嫌いになれないだろうなぁ。」って。オレは梨沙の記憶に関係する嘘は吐かねえ。何より梨沙が傷つくのは耐えられねえからな。」
「…分かった。信じてやろう。」
「やろう?お前は何様だ。まあいい。オレは戻るよ。梨沙の睡眠時間も大事だからな。」
「待ってください。梨華さんのことを知っているのは?」
「そうだな。楓と慎、あとは柳生 律華という医者くらいかな。お前たちを含めると5人といったところか。ああ。梨沙も梨華の存在は知ってるよ。」
「随分と少ないんですね。」
「楓がうるさいからな。…梨沙によろしく伝えてくれ。」
「梨沙さんに伝えて構わないんですか。」
「ああ。よろしく頼むよ。お前らも早く寝ろよ。明日は別の意味で疲れるぞ。」
言ってソファに横になり目を閉じる。オレはすぐに眠りに落ちた。
桜咲 梨沙side
翌朝、いつものくせで早くに目覚めてしまった。理世くんたちはまだ起きていない。俺はしばらく放心していた。少しだが身体に違和感がある。起き上がって洗面所に向かう。顔を洗って鍵を覗き込む。うん。いつもの俺だ。一つ吐息し、キッチンへ向かう。コップに水を入れて飲みながら冷蔵庫を開ける。勝手に悪いなと思いながらも食材を物色する。あの2人は食堂で見かけたことがないのでおそらく自炊だろう。俺の予想は当たった。いろいろな種類の食材がある。俺は卵とベーコン、チーズと野菜を取り出した。外にあったパンをトースターにいれセットをしてまだ焼かずに野菜を洗う作業に取り掛かった。
そのとき、スマホがメッセージを受信する。見ると楓ちゃんからだった。
『おはよう。梨沙。まだ東くんたちの部屋だろう?悪いが9時に彼らを理事長室まで連れてきてくれないか。今後の話をする。別に彼らは役職を持っているわけではないが…東くんはともかく紺野くんは黒羽が所望しているからね。ではよろしく頼むよ。』
『おはよー楓ちゃん!了解だよー』
と返して時計を見る。もう少しで7時だ。まだもう少し寝かせておいても構わないだろう。
朝食作りがあらかた終わり、あとはトーストを焼くだけという7時半ごろ紗夜くんが部屋から出てきた。
「おはよう。紗夜くん。よく眠れた?」
声をかけると一度ピクリと肩を跳ねさせた。
「おはようございます。よく眠れたとはどちらかというとこちらの科白なのですが…何をしているのですか。」
「あっごめんね。朝ごはん作るために冷蔵庫勝手に開けちゃった。」
「お気になさらないでください。ありがとうございます。助かります。」
「うん。パン焼いちゃうから顔洗っておいで。あっ理世くんもおはよー!」
「…おはようございます。朝食作ってくださったんですね。ありがとうございます。」
「いえいえー泊めてもらったお礼だよ。理世くんも顔洗っておいで?」
「はい。」
「さて、じゃあいただきます!」
「「いただきます。」」
と手を合わせ3人で朝食を食べる。
「相変わらず美味いですね。」
「ええ。ただの朝食には思えません。」
「ふふっありがとう。…ところで2人とも昨日梨華に会った?」
訊いた途端に食べる手を止める2人を見つめる。
「ごめんね。びっくりしたよね。一昨々日に出てきたはずなんだけどなー最近周期がめちゃくちゃだ。」
「梨沙さんはわかるんですか。彼が出てきた夜というのは。」
「ん。なんとなくだけど次の日体が軽くなるの。梨華は俺のろ過装置みたいな?」
「ろ過装置ですか。」
「うん。俺あんまりストレスとか感じないんだけど、無意識に溜めちゃってるみたい。それを梨華が発散してるみたいな?そんで綺麗なものだけ返してくれるの。昨日は俺にしては珍しく感情の起伏が激しかったからね。」
「そういうことですか。…梨華さんが梨沙さんによろしく伝えてくれと言っていました。」
「ふふっ梨華が?何についてよろしくだよ。俺たちは絶対に会えないのに…そういえば!さっき楓ちゃんからLI◯Eがきてね9時に理事長室に来てねって。理世くんたちは役職持ちじゃないけど、今後の話、聞きたいでしょ?って。何よりクロくんが紗夜くんをご所望だそうだよ!」
「9時…ってもう8時すぎてるじゃないですか。東、準備しますよ。」
「ああ。」
「片付けは俺がしとくね!」
「「お願いします。」」
「はーい。」
最初のコメントを投稿しよう!