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皇 黒羽side
「義兄…さん?」
目が覚めたとき俺はベッドに寝かされていた。ベッドサイドの椅子に義兄が座って俺の頭を撫でている。俺が声をかけるとハッとしたように手を引っ込めた。
「起きたか。具合はどうだ。」
「眠い…です。」
「だろうな。もう少し眠れ。」
「義兄さん。」
「…まだ、俺はお前の兄か?」
「当然ですよ。俺の兄は皇 夕羽しかいませんしいりません。」
「っ黒羽、悪かった。生徒会顧問としても、兄としてもお前に苦しい思いをさせた。」
義兄は静かに泣いていた。随分と久しぶりに義兄が泣くのを見る。いつ以来だろう。ああ。あの日。義兄が皇を出た日。あのとき、皆の前では笑っていた義兄が泣いているのを俺は見た。もう3年も前の話だ。
「義兄さん。綺麗な顔が台無しですよ。」
「うっせえ。綺麗なもんかよ。それにお前に綺麗な顔なんて言われたくねえよ。嫌味か。」
「義兄さんは綺麗ですよ。」
「いいから寝ろ。」
「はい。義兄さん。」
「んだよ。」
「撫でて下さい。」
「は?」
「撫でて下さい。ほら早く。」
義兄さんの手を掴もうとした。だが、手が思うように動かない。
「分かったから寝ろ。」
それを見かねた義兄さんが俺の頭に手を置く。俺はその重みを意識しながら目を閉じた。
次に目が覚めたのはおそらく次の日の朝。昨日起きた部屋とは違う。ここは…と考えたとき
「やあ。黒羽。よく寝ていたね。具合はどうだい。」
声が降ってきた。その声を聞いた瞬間俺は一気に覚醒して体を起こそうとした。だが体がとてつもなく重くて起きあがることができなかった。
「ああ。起き上がらなくていいよ。でもそうだな。水を飲んだ方がいい。ごめんね。黒羽。」
背中に温かいものが差し込まれた。それが人の手だと気づいたのは上体を起こされたあとだった。差し出されたペットボトルの水を喉を鳴らして半分ほど飲み干す。
「っ楓さん⁈何故ここに。」
「ここは俺の学園だからね。それより具合はどうだい?」
「すみません。こんな体勢で。自力では上体を起こしているので精一杯です。」
「やはりそうか。構わないよ。楽にしていてくれ。お前には本当に苦労をかけた。本当にすまなかった。」
頭を下げる楓さんに俺は慌てる。
「やめてください。貴方のせいじゃありません。それより俺は何故ここに?」
「ああ。お前は役員部屋だろ?一人にするのは心配でね。昨日の夜に夕羽が運んだんだ。島内にある家に連れ帰ってもよかったんだが…すまないね。俺の仕事が立て込んでたんだ。ああ。夕羽はシャワーを浴びているよ。」
「そうでしたか。すみません。お手数をおかけしたうえにベッドを独占してしまって。」
「お前を倒れるまで働かせてしまったんだ。これくらいさせてくれ。」
「ありがとうございます。」
「それで早速で悪いんだが昨日のことを覚えているかい?」
そこで記憶を辿る。新歓が終わったあたりから急に眠気が押し寄せてきてかろうじて立っている状態だった。結果発表が始まり先輩が入賞してくれた嬉しさで完全に気が抜けた。そこに騒ぎ出した千に肩を掴まれた瞬間、力が抜けた。立っていることなど到底できなかった。薄れる視界の中焦ったような先輩の顔が見えた。そこまで思い出してハッとする。
「っ先輩は⁈紗夜先輩は——」
「黒羽!落ち着きなさい。紺野くんはなんともないよ。」
それを聞いて心から安堵する。
「取り乱してすみません。昨日…新歓が終わってからの記憶が曖昧で。」
「そうか。すまなかったね。混乱させて。…夕羽も出てきた頃だろう。食事にしよう。黒羽、何日食べていない?」
「…3日ですかね。3日前にゼリーを食べたきりです。」
楓さんが瞠目する。
「はあ。何か消化にいいものを用意する。とにかく腹にものを入れるのが先だ。待っていなさい。」
部屋を出て行く楓さんと入れ替わりに義兄が入ってきた。
「起きたか。どうだ具合は。」
「怠いです。」
「それだけか。全部吐け。」
「頭痛が少し。」
「そうか。今楓さんが食事を作っているからそれ食べて薬を飲め。悪いが今日は一日起きといてもらわないといけないからな。9時になったらみんな来る。それまで寝ておけ。ああ。今はまだ7時前だ。」
そこで、楓さんが鍋と数枚の皿、蓮華が乗った盆をもって部屋に入ってきた。
食事を終えて薬を飲んだ。頭痛が和らぎ眠気に任せて瞼を下ろす。食事中昨日の説明を求めたがあとでまとめてすると言われてしまった。楓さんも疲れているのだろう。事前に来ていた連絡では彼が学園に帰ってくるのは1週間後のはずだ。本土での仕事をおして戻ってきたのだろう。その上にこの惨状だ。無理もない。
———夢を見た。小さな子供が泣いている。あれは——俺だ。しばらく一人で泣いていた俺のとなりに人が座る。現実で一度も泣き顔なんて見せたことのない「彼」は俺の背中を摩りながら一緒に泣いてくれた。やがてもう一人、人が来た。俺の大事な人。「彼」はその人を見ると泣きやんだ。そして泣き疲れて眠る俺を差し出して言った。
「紗夜さん。会長をよろしくね。」
彼らは笑みを交わし、やがて俺の大事な人は俺を抱えて歩き出す。「彼」を残して。
「黒羽くん…黒羽くん!」
ハッと目を覚ます。視界に飛び込んできたのは眉根を寄せた綺麗な顔だった。
「紗夜…先輩?」
「ええ。おはようございます。大丈夫ですか。随分とうなされていましたが。」
彼は俺の目尻を親指でぬぐった。
「夢を見ました。」
「夢?」
「泣いている子供がいるんです。一人は俺。やがて慎がやってきて一緒に泣いてくれるんです。そのうち俺は寝てしまって。でも貴方が迎えに来てくれるんです。でも慎のことは誰も迎えに来ない…先輩、慎はあのあとどうなったんですか。」
「あいつは全校生徒敵に回して説教垂れたあとぶっ倒れたよ。…今は病院だ。」
答えたのは紗夜先輩とは別の低く押し殺したような声だった。
「東先輩…」
「もうみんな来てる。こっちに通してもいいか。」
「ええ。すみません。」
ベッドルームに入ってきたのは楓さん、義兄さん、風紀委員長である東雲。副委員長である宮園、伊吹先生、梨沙さん、最後に——生徒会役員である梨木、二階堂、蓮見の3人を入れて東先輩が扉を閉める。梨沙さんは俺と目が合うとニコリと笑ってくれた。そこでハッとする。慎の笑みを見るたびに誰かと重ねていたのだ、この人だったか。
最初に口を開いたのは楓さんだった。
「さて、各々言いたいことはあるだろうが、あとにしてくれ。まずはここ3週間——千が来てから何があったか聞こうか。これはあくまで確認であって事実はすでに把握している。最初に言っておくがこの部屋で嘘を吐いた者は即出て行ってもらう。そうだな。起きて早々悪いが黒羽。説明してくれるか。」
「はい。俺たち生徒会はGWが始まる前に千の転入を知らされていました。俺は千の性格を知っていましたし、影響力も解っていたつもりでした。ですが俺の予想以上に千がもたらした影響は大きかった。新歓を控えた時期でしたし今年は去年の俺の不始末を取り戻したかった。」
「っそれは——」
「紺野くん。」
「っすみません…」
「…実際仕事をまわしていたのは慎でした。2人で仕事をまわし始めてから1週間で俺は慎に「ミスが多い。役に立っていない。」と言われ仮眠室に入れられました。それから度々慎は俺を仮眠室に入れるようになりました。…慎の仕事は完璧でした。彼がいつ食事をとり睡眠をとっていたのか俺は知りません。正直、彼がいなければ新歓は開催できなかったでしょう。」
「ありがとう、黒羽。今、黒羽が言ったことについてはあとで触れよう。次に…司。新歓が終わってからの説明をしてくれるかい?取り繕う必要はないよ。」
「はい。新歓が終わり結果発表の途中、紺野が皇とのデート券を選んだあと駿河くんが騒ぎ始めました。「俺もクロとデートがしたい。」と。やがて壇上に勝手に上がり皇の肩を掴み揺すり始めました。そこで皇は限界を迎えました。それを支えたのは——黒瀬です。事前に伊吹先生に電話をしていたようで、すぐに皇は処置を受けました。
伊吹先生に皇を預けたあと、黒瀬は未だに騒いでいた駿河くんを黙らせるために駿河くんの胸ぐらを掴み、駿河くんが死ぬ寸前まで加減なく首を締め上げました。」
それを聞いて俺は瞠目する。何のためにそこまで——東雲は続ける。
「それを止めたのは東です。彼の声だけ黒瀬には届きました。」
東先輩を見る。聞いているのかいないのか。腕を組み壁に背を預けて目を閉じている。
「駿河くんが気絶している間黒瀬は皇の親衛隊隊長を問い詰めました。今までお前は何をしていたんだ。と。その途中で黒瀬に対して抗議があがりました。お前も会長の手伝いなどしていなかっただろう。制裁を受けていたのはお前もだろう。と。」
「っそれは違うだろう!」
「黒羽。落ち着きなさい。司の話を最後まで聞け。」
「もちろん黒瀬は否定した。「俺は朝礼で言ったはずだ。他の役員及び生徒、先生には迷惑をかけるな。」と。確かに彼は全校生徒が集まる朝礼で言いました。そのあと駿河くんが目覚めて黒瀬に喧嘩を売りました。俺に謝れと。俺のクロを壊したことについて詫びろと。黒瀬は嗤いましたよ。当然です。「会長はお前のものじゃない。そもそもお前が会長を壊したんだろう。」と。…そのあと駿河くんの発言によって黒瀬が仕事をきちんとしていたことが露見しました。「仕事、仕事と部屋にも帰らなかったお前がなぜテストで満点を取れる。」と駿河くんは言いました。それを聞いた瞬間の全校生徒の顔は見ものでしたね。」
東雲は口元にうっすらと嘲笑を浮かべた。
「今まで虐めてきた相手が仕事を全て会長に押し付けていたと思い込んでいた相手が、まさか部屋にも帰らずに誰よりも仕事をしていたと知ったのだから。…最終的に駿河くんが持ち出したのは「俺は理事長の息子だ。」という浅はかな言葉でした。黒瀬は一蹴しました。「息子だからといってここの理事長は贔屓するのか。俺は来る学園を選び間違えたようだな。」と。今思えば、あれは彼なりの貴方の庇い方だった。…そこからは貴方が知っているとおりです。」
エピソード名変えさせて頂きなした!
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