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「ありがとう。司。まず、改めてお前たちには謝らせてもらうよ。私の勝手で千を押しつけて悪かった。」
楓さんは頭を下げた。誰かが何かを言う前に上げて次の言葉を紡ぐ。
「だが、たった1人の生徒にここまで振り回されて壊されたことは今までお前たちにとってなかったことだ。理由を聞こうか。…紅奈。」
「…はい。私…いえ俺は会長に頼まれて千を迎えに行きました。初めはただ面白い生徒だなと思った。分かりやすい変装をしているくせに自分を隠そうともせず、はっきりとものを言う。誰に対しても平等に接する。そんな千がすごいと思った。そのうち変装が解けて素顔を晒した千はとても可愛らしかった。俺は千に惹かれたよ。でも…実際はただの子供だった。誰にも何も思わないからみんなに平等で、世界の心臓が自分だと思っているからあんなに自信がある。俺はあんな子供に現を抜かしている場合ではなかった。自分の立場をわきまえて行動すべきだった。会長…本当にすみませんでした!」
梨木は俺に頭を下げた。俺は不思議な気持ちでそれを聞いていた。梨木の本来の話し方はこれか?今までは取り繕われていたと言うのか。
「もう終わったことだ。それに俺はお前たちが千に構い始めた時点で諦めていた。あのとき声をかけていれば何かが違っていたかもしれない。俺の方こそ悪かった。」
「紅奈。これからもお前には黒羽のサポートをしてもらう。今回のことを悔いているのなら、これまで以上に励みなさい。もちろん周りにはいくらでも頼るといい。お前の周りには伊吹先生も皇先生も黒羽も久里や狼雅だっているんだから。」
「はい…はいっ!ありがとうございます。」
「うん。さて次は久里。話してくれるかい。」
「うん。俺もね最初は千ちゃんのこと面白い子だなって思ったよ。そんで千ちゃんがお友達になってやるって言うからお友達になった。でもね。本当はわかってたんだと思う。千ちゃんの言う「お友達」ってきっと出会った人みんななんだよ。俺は寂しかったのかな。「お友達」って響きがとても魅力的に思えた。でもね。千ちゃんと過ごすうちに「お友達」がなんなのかわからなくなった。だから生徒会室に行こうって何度も思った。でも…怖かった。会長やシンシンに今更何しに戻ってきたって言われるのが。結局会長が倒れちゃって。そのときに初めて何を言われてもいいから戻っておくべきだったなって思った。ごめんね。会長。」
「久里…いろいろ気づいてやれなくてすまなかった。お前がいない生徒会室は暗い。戻ってきてくれるか?」
「っもちろんだよ!これからもよろしくね。会長。」
「さあ狼雅。ゆっくりでいいから話してくれるかい?」
「う…ん。俺はね…最初千が苦手だった。大きな声で…はっきりと話す千は…俺とは反対の人間で。でもね。千は言ったんだ。お前…が何も…話さなくても…理解してやるって。俺はその言葉が本当だったら…少しは楽になるのかなって思った。——でも全然そんなこと…なくて。千に話を遮られる度、何かを勝手に決められる度、…違うのにって。俺の言葉を聴いてって思ってしまった。…そうやって思う度自分が嫌になった。何で上手く言えないの?何でこの子の言いなりになってるの?何で。何でって今日まで…来てしまった。会長が倒れて、慎に怒られてどうしたらいいか…分からなくなった。でも、素直に言えば良かったんだね。会長も慎も俺の言葉を聴いてくれるんだから。「ごめんなさい。会長。」」
狼雅はゆっくりと言葉を紡いだ。こんなに多くの言葉が話せるのか。と驚いた。
「っ狼雅。話してくれてありがとう。お前を苦しませていたのは俺の方だったな。俺はお前に話さなくてもわかってやるなんて言ってやれない。だけどっお前が言葉を紡ぐならいつまでも待って聴くから。また、俺と仕事してくれるか?もちろんプライベートでも付き合ってくれると嬉しいが…」
「!うん。うんっ!全部終わったら遊びに…行こ。会長…ありがとう。」
それを聞いて安心してしまった俺は急に力が抜けた。脱力する俺を慌てて先輩が支えてくれる。
「ちょっ黒羽くん⁈大丈夫ですか。」
「紗夜先輩。ごめん。ちょっと安心して。」
「ああ。黒羽、悪かったね。楽にしてくれ。さて今後のことだが——その前にお昼にしようか。お前たちも食べなさい。梨沙。手伝ってくれるかい?」
「もちろんだよ!楓ちゃん!」
梨沙さんと楓さんが連れ立って部屋を出て行く。それを見て各々好きにしだした。ふうと息を吐いて枕に頭を預ける。
「お疲れ様です。本当によかったですね。皆さんと解りあえて。」
「そうですね。あとは…慎が帰ってくるのを待つだけですね。」
「そうですね。ですが…いえ、なんでもありません。」
「そういえば東先輩がおっしゃていたことはある程度分かりましたが…慎と楓さんはどういう関係で?」
「ああ。慎くんと理事長は駿河くんと同じような関係だそうですよ。梨沙さんと同じ施設で育ったようです。」
「そういうことですか。紗夜先輩も梨沙さんと仲良くなられたんですね。」
「ええ。可愛いですよね。梨沙さん。昨日部屋にお泊めしたんです。」
「えっ何もしてないですよね?」
「ふふっ何もしてませんよ。嫉妬してくれたんですか。」
「…すみません。余裕がなくて。」
「いえいえ。嬉しいです。私もお恥ずかしながら先ほど蓮見様に焼いてしまいました。全て終わったら私とも遊びに行ってくださいますか?」
「!もちろんです。」
「イチャついてるとこ悪いが飯だ。リア充共。」
「義兄さんだって十分リアルは充実しているでしょう。」
「うっせ。一ヵ月に一回の頻度でしかヤってねんだよ。…俺の楓さんが作ってくださったんだ。残さず食べろよ。」
言って椀を手渡してくる。俺はベッドに座ったまま、受け取った。義兄が椅子に座ったところで楓さんが声をかける。
「悪いが2時には再開する。主に今後についてだが…まあとりあえずは食事だ。ではいただきます。」
「「「「「「「「「「いただきます。」」」」」」」」」」
皆で手を合わせて挨拶をする。
「ふふっみんなで手を合わせてご飯を頂くなんていつぶりでしょう。」
「そうだねー孤児院では結構あったけど、ここ3年はこんなに大人数で食べることなんてなかったよ。」
「梨沙さん。お久しぶりです。挨拶が遅れてすみません。」
「久しぶりーというか俺はクロくんのこと見てたんだけどね。」
「どういうことですか。」
「俺ね、学園の食堂の料理長してるんだ。クロくんが一年の頃からね。」
「本当ですか?声かけてくれればよかったのに。」
「クロくんみたいなイケメンさんに俺なんかが声かけたら騒ぎになっちゃう。ね?紗夜くん。」
「ふふっ梨沙さんは黒羽くんと並んでも見劣りしませんよ。別の意味で騒ぎになるでしょうが。…でも梨沙さんに黒羽くんを捕られてなくてよかったです。」
「捕らないよークロくんはイケメンだけど俺にはもうすでにパートナーいるしね。…クロくん未成年だし。手出したらやばいでしょ。」
「そうなんですか。…梨沙さん今更ですがおいくつなんですか。」
「ふふっいくつに見える?」
「成人してらっしゃるんですよね。22?とかですか。」
「どうしよクロくん!若く見られちゃった!」
「紗夜先輩。梨沙さんは24です。見えないですよね。」
「ちょっと何で言っちゃうのさ!」
「いいじゃないですか。何も減りませんよ。」
「そうだけどさーあっ聞いてクロくん!昨日ね紗夜くんがパンツって叫んだんだよ。面白くない?ちょっとエッチかった!ふふっ」
「ちょっ本当に何もしてないですよね⁉︎」
「してませんよ。梨沙さん黒羽くんで遊ばないでください。」
「ちなみにせっちゃんこと刹那くんは23です。俺より年下なの。」
「ちょっと梨沙さん。何人の歳バラしてるんですか。」
「ありゃ。聞いてたの。いいじゃん。それこそ減るもんじゃないし。」
「はあ。梨沙さん可愛いから許します。」
「何せっちゃん。照れるじゃん。でも残念でした!俺にはりっちゃんがいます。」
「知ってますよ!律華医師お元気ですか。」
「元気だよーというか相変わらず。俺がいないと何にもできないの。ふふっ俺がそうしたんだけどね。」
「楽しそうで何よりです。」
「盛り上がっているところ悪いがそろそろ再開しても構わないか。」
楓さんの言葉に黙って頷く。
「先程も言ったが今後のことだ。まず、千は退学させる。次に…生徒会役員は早急に補佐を見つけろ。」
「補佐…ですか。」
「ああ。クラスは問わない。能力の高い者。そして何よりお前たちと相性の合うものを選べ。黒羽。お前もだ。」
「ですが!俺には——」
「慎はいつ帰ってくるかわからない。待っている場合ではない。帰ってきたとしても補佐からは下ろす。まずは学園の立て直しが先だ。」
「お言葉ですが理事長。シンシンはすでに学園中の支持を得ています。昨日の一件で彼の人気は圧倒的なものになりました。補佐から下ろすことはここの生徒が許さないでしょう。」
久里の言葉に瞠目する。楓さんも同じように驚いて少し考えた後に言った。
「では、慎が帰ってくるまでの繋ぎを見つけなさい。帰ってきたら慎には戻ってもらう。」
「ちょっと待て。」
今まで黙っていた東先輩が口を開いた。瞬間空気がヒリつくような感覚を覚える。それだけ東先輩の存在感はすごかった。
「どうした東くん。」
「あいつの意志はどうなるんですか。」
それを聞いてハッとする。そうだ。慎の意志は尊重すべきだ。
「…もちろんあの子の意思は尊重するよ。慎が続けたくないと言ったら生徒にも納得してもらう。」
「ならいいです。話を遮ってすみません。」
「構わないよ。君が気にするのも当然のことだ。」
「では、それまでは私が——」
「却下だ。悪いが紺野くん。君は三年だ。来年は受験が控えてる。留年?そんなものさせないよ。いくら2年間放置してしまっていたとしても君たちにはきちんと卒業してもらう。酷なことを言うようだが公私を混同してもらっては困る。」
「っそれは!」
「紺野。」
「東に私の気持ちなんて分かりませんよ。未だに手をこまねいている貴方には。」
「っ!」
「ダンっ」と音を立てて扉が開閉した。東先輩が出て行ったのだ。
「理世くん!」
梨沙さんが後を追う。
「紗夜先輩。」
項垂れている先輩の頭に手を置く。そのまま梳くように撫でる。
「先輩。ありがとうございます。先輩の気持ちはすごく嬉しい。でも——」
「分かっています。取り乱してすみません。東にも悪いことをしました…」
「分かってくれたならよかったよ。黒羽もそれでいいね。」
「はい。」
「次に——」
続けようとした楓さんの言葉を着信音が遮る。着信音だと確信したのは楓さんがスマホを取り出したからだ。それにしても「となりのトトロ」って…かわいいかよ。
「失礼。」
断ってから電話に出る。
「波瀬か。私だ。何かあっ——なんだって?ああ。—ああ。……もういいよ。君から逃げられるだけの頭と力があるんだ。帰ってこようと思ったらいつでも帰ってこれるだろうよ。君も帰って来なさい。明日、朝一で車を使う。——ああ。頼んだよ。気をつけて帰って来なさい。」
通話を終えた楓さんは大きなため息を吐いた。
「はあ。すまないね。私が島内に所有している家に千を軟禁していたんだが…どうやら逃げたようだ。頭と顔と運動神経だけはいいからどうにかなると思うが…ああ。すまない。話の続きだ。二学期は体育祭、文化祭、三年生の卒業旅行がある。もちろん今年はFクラスにも参加してもらう。早急に立て直して生徒会及び風紀には力を尽くしてもらいたい。もちろん私も出来るだけこちらに顔を出すようにする。」
「「「「「「承知しました。」」」」」」
「以上、解散だ。土曜日にわざわざすまなかった。黒羽は来週から生徒会室に顔を出す。連絡はこまめにとるように。」
「はい。では会長お大事にしてくださいね。」
「失礼します。」
と出て行く彼らを見送る。
「さて、紺野くん。悪いが黒羽を頼めるかい?刹那。黒羽を部屋まで運んでやりなさい。」
「分かりました。ほら紺野行くぞ。」
「ですが——」
「ああ。東くんには俺から言っておくよ。」
「…すみません。失礼します。」
俺は紗夜先輩と東先輩の部屋に運ばれた。
———その日東先輩は部屋に帰ってこなかった。
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