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神宮 楓side
黒羽たちが去ってしばらくして、梨沙が一人で帰って来た。
「おかえり。梨沙、東くんは?」
「慎くんの部屋にいるよ。」
「慎の?」
「うん。慎くんがいつ帰ってきてもいいようにお片付けするんだって。千がね、広げ散らかしてたから。」
「ああ。悪いな。彼がそんなことをする必要はないんだけどね。」
「いいじゃん。理世くんがやりたいってやってるんだから。」
「そうだな。梨沙、彼は大丈夫そうか?」
「うん!理世くんは大丈夫。」
「ならいい。ご飯の支度をしようか。」
「うん!」
こうしてこの日は終わりを迎えた。
翌朝、俺はスマホの着信音で目を覚ました。しばらくボーっと隣で眠る裸のままの綺麗な男を見ていたが鳴り止まない着信音にハッとして急いで電話をとる。画面を見る間もなくとったので相手が誰か分からない。
「もしも——」
「楓くん!今日、予定はありませんでしたよね⁈」
とびこんできたのは焦ったような瑞希の声だった。
「ああ。予定はない。」
「すぐ病院に来れますか?」
「何があった。」
俺はメモ用紙に夕羽への挨拶を書きながら訊いた。
「慎くんの熱が1時間前から上昇を始めました。現在すでに39度5分です。」
「っすぐ行く。悪いが2時間はかかる。容態が変わったら連絡くれ。」
「分かりました。こちらは雨です。気をつけてください。」
「ああ。」
電話を切って、隣の部屋に向かいながら波瀬へと電話をかける。
「おはようご——」
「波瀬!車をまわせ!」
「っ承知しました。下でお待ちしています。」
次にかけるのは簗瀬だ。
「簗瀬、ヘリを用意しろ!本土の知名総合病院までだ。本土は雨だそうだからお前じゃないとダメだ。あと20分ほどで家に向かう。」
「かしこまりました。」
服を着ながらソファで眠っている梨沙を起こす。
「梨沙!起きろ。」
「うーん…楓ちゃん?おは——」
「梨沙。慎の容態が変わった。5分で出る。支度しろ。」
「っ分かった!」
自宅から簗瀬にヘリを飛ばしてもらって現在、島を見下ろす空の上だ。俺は隣の梨沙の手を握っていた。僅かに震える手を握ることで自分を落ち着かせる。
「楓ちゃん。大丈夫だよ。」
いつの間にか震えているのは俺の手だった。
「慎くんは強い。そうでしょ?」
「…ああ。悪かったな。梨沙。」
「ううん。俺も怖いもん。」
そこでスマホが着信を告げる。ディスプレイには「夕羽」の文字。
「もしもし。夕羽か。」
「楓さん!どういう意味ですかこれは。」
「ああ。悪い。先ほど電話があってな。慎の容態が悪化したらしい。今、空の上だ。」
「っそれで黒瀬は?」
「まだ連絡はない。」
「そうですか。…楓さん。大丈夫ですよ。」
「っ…ああっ。ありがとう。夕羽。また連絡するよ。」
「待ってます。」
それから1時間。なんの連絡もないまま病院のヘリポートに降り立った。迷わず、一階分だけ下におり、一つしかない部屋に飛び込む。まず見えたのは線に繋がれた慎の姿だった。
「慎くん!みーくん!慎くんは⁈」
梨沙があげた声に瑞希が振り向く。
「君は——梨沙くんか。大丈夫だ。先ほど安定した。熱もまだ高いが38度ほどだ。」
それを聞いて俺は戸口で脱力した。
「楓ちゃん⁈」
「ああ。楓くん。すみませんね。連絡もせずに。」
「いや。慎を助けてくれてありがとう。」
「いえいえ。やはり彼は強いですね。ですが…いつ目覚めるかはわかりません。」
「そうか…とにかく今は眠らせてやろう。」
「そうですね。…楓くんすみません。僕は少し休ませてもらいます。雅を連れて行っても?」
「っああ。構わない。本当にありがとう。」
「失礼します。」
榊と共に病室を出て行く瑞希を見送ってやっとベッドに近づく。少し苦しそうだがすやすやと眠る慎を見て安心した。
——それから丸二日慎は目覚めなかった。
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